
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第13章 第四話・其の弐
「あの櫛を贈ってからすぐに所帯を持ったのであったか。―徳平店の時分は、そなたにも苦労をさせた。辛い想いもしたであろう」
「お民さんや源治さんは、どうしているでしょうか」
美空の瞼に、もう久しく逢わぬ徳平店の隣人たちの面影が次々に甦る。お人好しでお喋り好き、いつも左官の源治に鹿爪らしい顔でお説教ばかりしていたお民、お民に言われ放題でも、適当に受け流しながら、あれで結構、口喧嘩を愉しんでいたらしい源治。
美空は徳平店で生まれ育ち、家俊(孝太郎)と所帯を持った直後の新婚時代を過ごしたのも、あの粗末な棟割り長屋であった。美空を育んでくれた懐かしい古巣であり、美空を温かく見守ってくれた心優しき隣人たち。
徳平店の人たちのことを、忘れることなんて、できるはずがない。
徳平店を出て五年、あの日々が今では随分と遠く思える。
こうして江戸城大奥という世間とは隔絶された場所に身を置いていると、あの頃が現のこととも思えず、夢の中の出来事であったようにも思えてくるが、そんなことはない。
お民は、源治は、美空の心に確かに生きていた。美空の想い出の中で今も生き生きと笑っている。
恐らく今でもお民は相変わらず人の好さを発揮し、他人の世話を焼いて、源治はそんなお民に小言ばかり言われているのだろう。
懐かしい―。本当にあの日々が愛おしい。
美空の眼に我知らず、熱いものが溢れた。
それでも、後悔はけしてしない。この男の―家俊の傍こそが我が身の居場所だと思い定めて、自分はここまで来た。
ひとたびは、家俊との間にゆき違いが起き、今度こそ別れなければならないかもと覚悟した。所詮、住む世界が違う人間同士、判り合えることはできないのかと絶望し、諦めようとしたこともあった。
「お民さんや源治さんは、どうしているでしょうか」
美空の瞼に、もう久しく逢わぬ徳平店の隣人たちの面影が次々に甦る。お人好しでお喋り好き、いつも左官の源治に鹿爪らしい顔でお説教ばかりしていたお民、お民に言われ放題でも、適当に受け流しながら、あれで結構、口喧嘩を愉しんでいたらしい源治。
美空は徳平店で生まれ育ち、家俊(孝太郎)と所帯を持った直後の新婚時代を過ごしたのも、あの粗末な棟割り長屋であった。美空を育んでくれた懐かしい古巣であり、美空を温かく見守ってくれた心優しき隣人たち。
徳平店の人たちのことを、忘れることなんて、できるはずがない。
徳平店を出て五年、あの日々が今では随分と遠く思える。
こうして江戸城大奥という世間とは隔絶された場所に身を置いていると、あの頃が現のこととも思えず、夢の中の出来事であったようにも思えてくるが、そんなことはない。
お民は、源治は、美空の心に確かに生きていた。美空の想い出の中で今も生き生きと笑っている。
恐らく今でもお民は相変わらず人の好さを発揮し、他人の世話を焼いて、源治はそんなお民に小言ばかり言われているのだろう。
懐かしい―。本当にあの日々が愛おしい。
美空の眼に我知らず、熱いものが溢れた。
それでも、後悔はけしてしない。この男の―家俊の傍こそが我が身の居場所だと思い定めて、自分はここまで来た。
ひとたびは、家俊との間にゆき違いが起き、今度こそ別れなければならないかもと覚悟した。所詮、住む世界が違う人間同士、判り合えることはできないのかと絶望し、諦めようとしたこともあった。
