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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第13章 第四話・其の弐

 たとえその日暮らしの裏店住まいでも、彼等には彼等なりの矜持があり、徳平店には徳平店に住まう人たちの間に通じる暗黙の掟がある。互いに助け合い労り合っても、それはあくまでも同じ立場の者同士の助け合い。
 昔のよしみだからとて、既に彼等とは遠く隔たった―それも天下人という立場の家俊が差しのべる手を、彼等はけして純粋な好意や親切とは受け取るまい。
「俺たちは、もう本当にあの頃の俺たちではなくなってしまったのだな」
 家俊のそのひと言が、美空の心に滲みた。
 そうなのだ。どんなに懐かしもうと、もう自分たちは二度とあの日々に、徳平店に帰ることはできない。今はただ、前を向いて進むのみ。
「―ほんに、あの頃は昔になってしまいました」
 家俊が無言で桜を見上げる。
 美空もまた、つられるように視線を動かした。
 わずかに冷たさを含んだ春の風に揺れる薄紅色の花を、いつまでも静かに眺め続けていた。
 花と花が隙間なくびっしりと重なり合い 、円い鞠のような形をした花の塊が枝のあちこちに見かけられる。
 ふいに、その花(はな)叢(むら)の一つの中から白い蝶がまた姿を現した。蝶は、ひらひらと忙しなく羽根を動かしながら花に戯れかける。やがて蝶はしばらくその辺を飛んでいたかと思うと、空高く舞い上がり、樹々の向こうへと消えていった。

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