
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第13章 第四話・其の弐
更にそれから数日が流れたある日。
その日は、どんよりとした灰色の空が江戸の町の上を覆っていた。陽が照らないため、日中も気温が上がらず、冬に逆戻りしたかのように大気も冷たい。
鉛色の空を眺めていると、自分の心まであんな色にどす黒く染まってしまうようで、美空はこの季節には珍しいことに障子戸をきっちりと閉め、部屋の中で本を開いていた。
もっとも、庭の桜も殆ど散ってしまっている。辛うじて残っている花ももし雨が降れば、今度こそ全部散ってしまうだろう。
花の季節もそろそろ終わる。
何故か、そのことに一抹の淋しさと心残りを憶えつつ、美空が〝源氏物語〟の〝若紫〟の巻を閉じたその時。
「御台さま、智島にございます」
襖の向こうから遠慮がちに声をかけられ、美空はハッと顔を上げた。
「智島か、入るが良い」
ほどなく静かに襖が開き、智島が畏まって現れた。
「いかがしやった」
智島は両手をついたまま、顔を上げようとしない。
「何か用か」
重ねて問うと、智島が顔を上げ、真っすぐに美空を見つめてきた。その顔色のあまりの蒼さに、美空は思わず、あっと声を上げそうになってしまった。
「何か、あったのか。顔色が悪い。どこぞ具合が悪いのではないか」
気遣うように訊ねると、これもまた智島には珍しく蒼白い顔で首を振る。
「実は―」
言いかけて逡巡を見せた彼女の整った面に様々な感情がよぎっていった。葛藤、迷い、苦悩。一体、しっかり者の気丈な智島をここまで惑乱させているのは、そも何事なのか。
美空は俄に不安を憶えた。
「いかがしたのじゃ、智島。顔色が尋常ではない。何か申したきことあらば、何なりと申すが良い」
その日は、どんよりとした灰色の空が江戸の町の上を覆っていた。陽が照らないため、日中も気温が上がらず、冬に逆戻りしたかのように大気も冷たい。
鉛色の空を眺めていると、自分の心まであんな色にどす黒く染まってしまうようで、美空はこの季節には珍しいことに障子戸をきっちりと閉め、部屋の中で本を開いていた。
もっとも、庭の桜も殆ど散ってしまっている。辛うじて残っている花ももし雨が降れば、今度こそ全部散ってしまうだろう。
花の季節もそろそろ終わる。
何故か、そのことに一抹の淋しさと心残りを憶えつつ、美空が〝源氏物語〟の〝若紫〟の巻を閉じたその時。
「御台さま、智島にございます」
襖の向こうから遠慮がちに声をかけられ、美空はハッと顔を上げた。
「智島か、入るが良い」
ほどなく静かに襖が開き、智島が畏まって現れた。
「いかがしやった」
智島は両手をついたまま、顔を上げようとしない。
「何か用か」
重ねて問うと、智島が顔を上げ、真っすぐに美空を見つめてきた。その顔色のあまりの蒼さに、美空は思わず、あっと声を上げそうになってしまった。
「何か、あったのか。顔色が悪い。どこぞ具合が悪いのではないか」
気遣うように訊ねると、これもまた智島には珍しく蒼白い顔で首を振る。
「実は―」
言いかけて逡巡を見せた彼女の整った面に様々な感情がよぎっていった。葛藤、迷い、苦悩。一体、しっかり者の気丈な智島をここまで惑乱させているのは、そも何事なのか。
美空は俄に不安を憶えた。
「いかがしたのじゃ、智島。顔色が尋常ではない。何か申したきことあらば、何なりと申すが良い」
