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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第13章 第四話・其の弐

 五年前、徳平店から尾張藩上屋敷に迎えられてからというもの、ずっと傍にいて影のように寄り添い、忠勤を励んでくれた智島、美空にとっては姉とも頼りにする存在だ。単なる主従という間柄を越えて、二人の心は固い信頼で結ばれている。
「私はこれまで、そなたにさんざん心配ばかりかけてきた。私が今日ここにこうしていられるのも、すべては、智島が傍にいて支え助けてくれたゆえじゃ。そなたがい
なければ、私はとうに躓き、脆くも崩れていたであろう。だからこそ、私は智島の力になれることがあらば、労は惜しまぬ。もし心に掛かることがあるのであれば、どうか、この私に打ち明けて欲しい。悪いようにはせぬゆえ」
「かたじげなきお言葉、智島、何とお礼を申し上げて良いか」
 智島は、感極まったように袂で眼頭を押さえる。
 美空は笑った。
「礼を申すも何も、私は別に何もしたわけではない。第一、そなたはまだ頼み事一つしておらぬではないか」
 優しく言い諭され、智島は小さく頷いた。
「矢代(やしろ)という者がこの大奥にて御客(おんきやく)会釈(あしらい)としてお仕え致しておりまする。話と申すのは、その矢代の一身上のことにて」
「一身上のこととは、また何とも大仰な物言いじゃな。一体、その矢代なる者が何を致したというのか」
 御客会釈とは、大奥では御年寄に次ぐ高位の役職である。主に表と大奥との取り次ぎ、例えば御台所より他家への進物などを贈る時、その品を吟味し選定し、無事、贈り元まで届けるよう計らうのも役目の一つだ。逆に、諸大名家から山のように届いた進物を管理するのもその職務に含まれる。
「実は、でございまする」
 智島はわずかに膝行し、美空の耳許に唇を寄せた。
「矢代が役者遊びをしたとの密告が筆頭老中堀田さまの御許に届いたそうにございまして」
「何と、役者遊びを致したと? されど、仮にも御客会釈の地位にある者が、そのような不行跡を致すとは信じられぬが」
 美空が愕きの声を上げると、智島も即座に頷いた。
「御台さま。私も信じられませぬ。この大奥に参りしときより、矢代には眼をかけて参りました。その働きぶりも影陽なたなく、与えられた仕事はすべてきちんとこなしていますし、下の者には気遣いのできる優しい気性にございます。矢代は、けして、役者遊びをするような不埒な行いをするような気性ではございませぬ」

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