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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第13章 第四話・其の弐

 そもそも事の発端は、その日の朝、突如として矢代が表の役人―目付に連行されていったことだった。突然の事であったが、隠密裡にすべての事が運ばれていったため、周囲で気付いた者は殆どいなかった。現場を目撃した者には固く箝口令を敷き、矢代の身柄は拘束され、大奥の一室に監禁された。
 既にそこで目付から矢代は厳重な取り調べを受けているという。
 更に刻は遡り、昨日の昼過ぎ、筆頭老中堀田誓頼を大奥の奥女中初瀨が内々に訪ねた。初瀨は大奥ではお次を務め、御年寄永瀬預かりである。十五で大奥勤めに上がり、永瀬の部屋子となった経緯があり、永瀬がずっと眼をかけている者だった。性格は穏やかで、どちらかといえば内向的、朋輩と諍いを起こすことなどもない。
 その初瀨が突然、表に筆頭老中を訪ね、話があると蒼い顔で告げた。そして、更に、初瀨の口から告げられた真相はあまりにも衝撃的なものだった。
 大奥の御客会釈矢代が半月前の増上寺代参の帰途、両国の歌舞伎芝居を見物した後、深川の料亭でひそかに歌舞伎役者と密会していたというのだ。相手の名は瀬川市助。この頃、売り出した女形で、かつて一斉を風靡した瀬川市之進の弟子である。
 娘役から老け役まで何でもこなし、芸達者ぶりで知られ、その眦の切れ上がった涼しげな目許は並の女より色香がある―と、若い娘から年増にまで大人気であった。
 その瀬川市助と矢代が密会! 事は穏やかではない。しかも、初瀨の告白によれば、二人が忍び逢ったのは何も今回が初めてではなく、これまでにも矢代は何かと城外へ出る用事を作っては外出、その都度、同じ料亭の離れで市助と逢い引きを重ねていた。二人の仲は既に一年近くもの間、続いている。

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