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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第13章 第四話・其の弐

 これは放っておける問題ではない。が、矢代は大奥総取締兼御年寄永瀬が贔屓にしており、たとい目付といえども容易くは手を出せない。永瀬を敵に回せば、引いては大奥全体を敵に回すことになる恐れがあるからだ。
―いかに致しましたものでございましょうや。
 苦慮する目付に、老中堀田誓頼はこの一件は自分に任せて欲しいと、さる秘策を与え、まずは、すべてを極秘裏に運ぶことにした。訴え出た初瀨には、このことを口外することを固く禁じ、まず翌日早々、目付を大奥に遣わし、御客会釈矢代を連行させた。その上で、堀田も立ち会い、目付が厳しい詮議をすることになった。
 その一方、堀田は事の次第を御年寄永瀬に連絡、愕いた永瀬が独断で智島を訪れ、今回の事件のあらましを語って聞かせたのである。
「確かに、永瀬らしいことよ。あの公正な者であれば、たとえ自ら可愛がっている部下とて、いたずらに庇い立てするなどと愚かなことは致すまい」
 智島から事件の詳細を聞かされた美空は、吐息混じりに言った。
「それに、永瀬さまは、初瀨だけではなく、矢代にも特に眼をおかけになられていましたゆえ、こたびのことは、よほどこたえていらっしゃるのではございますまいか」
 智島がやるせなげに言う。
「して、問題は、その初瀨とやらが堀田に訴え出た内容が真実かどうか、その事であろうな」
 小首を傾げながら言うと、智島は頷いた。
「はい、私には、いかにしても信じられないのでございます。矢代は十四の歳で御年寄永瀬さまの部屋子としてご奉公に上がり、御三の間、ご中﨟、お次と昇格して既に九年、本来であれば、先代の公方さまがご薨去の砌、永のお暇を頂いて実家(さと)方に下がるはずであったところ、特に永瀬さまのお声がかりで引き続き大奥にご奉公することになったそうにござります。優しい気性、しかも眉目も麗しいゆえ、一度は先の公方さまのお眼に止まり、ご側室にというお話もあったほどの者にございます」

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