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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第13章 第四話・其の弐

 その側室云々の話は、当人の意思、更に上役である永瀬の反対に遭い、ついに実現はしなかったが―。
―上さまが、この矢代をお傍にとお望み下されたのは世にも名誉なことではございますが、この矢代は私が部屋子の頃から眼をかけて参った者にて、その心映えも優れ、これから更にお次、御客会釈と上の役職にも昇らせるつもりにございますれば、〝お清〟のままいさせてやりとうございます。
 と、永瀬自らが先代の将軍家友公に懇願したとか。
 ちなみに、お清というのは、将軍のお手が付かない女中のことを指す。家友公の眼に止まった当時、矢代は十八、将軍付きの御中﨟であった。将軍の身辺のご用を務めることも多く、自ずと家友公が美しく賢い矢代に惹かれたのだともいえる。
 が、たとえ一度きりでも将軍の閨に召されれば、お手付きと見なされ、生涯御中﨟止まりである。運良く、御子でも授かれば、お腹さまとなり正式な側室となれるが、気紛れで寝所に召され捨て置かれれば、生涯飼い殺し―つまり、将軍が亡くなった後も生涯江戸城から去ることは許されず、落飾して尼となって一生を終わるという酷い運命が待っている
「何と、それでは、かつて初瀨と矢代は共に永瀬の部屋子であったというのか」
「はい、現在のところ、矢代は私の配下ということにはなっておりますが、元々は御年寄永瀬さま預かりであったと聞き及びおります」
 美空は智島の話に耳を傾けながらも、思考をめまぐるしく回転させた。
「では、智島。こういうことなのか。その昔、初瀨と矢代は共に永瀬の部屋子同士であり、朋輩であった。歳も近ければ、良き友、話し相手となったろう。さりながら、現在、矢代は御客会釈、永瀬はいまだにお次のまま。つまり、矢代の方が初瀨に一歩先んじたわけじゃな」

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