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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第13章 第四話・其の弐

 新参であった頃は、仲の良かった二人が次第に疎遠になっていったとしたら―、その理由は、嫉妬しかない。お次までは共に順調に昇進しながらも、そこから先、初瀨はなかなか前に進めない。その初瀨を尻目に、一方の矢代は更に御客会釈へと昇った。
 そのときの初瀨の気持ちは、いかばかりであったか。それ以前にも、矢代は将軍の側室にと強く望まれたことがあったほどだ。あのときは、矢代自身がそれを固辞し、後見の永瀬もまた将軍に矢代は諦めるようにと懇願したせいで、矢代が側室となることはついになかった。
 何故、矢代なのか。
 何故、あの女だけが注目を浴び、陽の当たる場所にいるのか。
 初瀨は疑問に思わずにはいられなかったろう。 
 矢代が自分より先に御客会釈になった時、初瀨の心はどす黒い妬みで塗り込められ始めたのではないか。
 昨日までの友はいない。初瀨にとって、矢代は憎むべき敵、競争相手となったとしたら。
 むろん、当の矢代自身は全く、身に憶えのないことであったに相違ない。初瀨もまた、上辺の態度であからさまに相手を敬遠するような大人げないふるまいはしなかったろう。
 が、取り繕ったぎごちない笑顔の下で、松瀬の矢代への憎悪はますます烈しく燃え上がっていったのだとしたら―。
「私が知る限り、矢代は誰よりも公方さま、御台さま大事と思い定めて、一途にご奉公申し上げておりました。あの律儀者が役者遊びするなぞ信じられませぬ」
 普段の気丈な智島が眼に涙すら滲ませて訴えている。その姿に、美空は打たれた。
 すべては想像の域を出ない。
 また、己れの想像が当たっているとして、初瀨の取った行動は、けして許されるべきものではなかった。

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