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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第2章 其の弐

―どうして、どうしてなの? どうして、あなたは私に何も話してはくれないの?
 孝太郎が女を騙すような質の悪い男ではないと知ってはいるけれど、あまりに何もかも知らされないままでいると、ついその心を疑いたくなってしまうのは致し方なかった。
 それにしても、今日の孝太郎は遅い。いつもなら、大抵は約束の刻限より先に来て待っているのに、こんなところにさえ、美空は男の心変わりを感じてしまう。
 ただ何らかの都合があって、少し遅れているだけのことかもしれないのに。自分自身が孝太郎を心から信じ切るだけの強さを持たなければと思う傍で、脆くも孝太郎を疑ってしまう。
 自分自身のことなのに、自分の心が判らない、どうにもならない。惚れた男を信じ切れない己れの心の弱さがただ、ただ情けなく辛かった。ふと零れそうになった涙をそっとひとさし指でぬぐった時、背後でひそやかな脚音が聞こえた。
 振り向こうとして、ふいに後ろから抱きしめられ、美空は慌てた。
「孝太郎さんッ?」
 動揺して思わず声が上ずってしまう。
「ごめんな、遅くなっちまった」
 美空の懊悩なぞ素知らぬ様子の孝太郎は、今日も明るく屈託がない。
「待たせたかな?」
 矢継ぎ早に訊ねてよこす恋人に、美空は首を振った。
「それよりも、は、放してよ」
 美空は躍起になって自分の身体に回された孝太郎の腕を解(ほど)こうとする。
 美空の狼狽には頓着せず、孝太郎は笑いを含んだ声で言った。
「何でそんなに慌てるんだよ。俺たちは相惚れの仲なんだぜ? そろそろ、これくらいさせてくれたって良いだろう?」
 熱い吐息混じりの囁きが耳朶をくすぐる。
 美空の全身がカッと火照った。
「止めて、放して」
 上機嫌の孝太郎は、美空の声音が強ばっているのにも気付いていないようだ。
 短い沈黙の後、美空がもう一度、強い口調で言った。
「―止めてって、言ってるでしょ」
 今度は、孝太郎の腕はすぐに放れた。
「何だよ、折角良い雰囲気になってたのに」
 途中で玩具か菓子を取り上げられた幼児のような口調で、不満そうに鼻を鳴らす。

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