テキストサイズ

激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第14章 第四話・其の参

その時、唐突に美空の中で閃いたものがあった。否、相手は何も矢代を陥れようとしたわけではない。むしろ、矢代でなくとも、誰でも良かった。矢面に立つ的がただ大奥に奉公するそれなりの役職と地位を持つ奥女中であれば―。
 お末などの最下級の下女が起こした事件であれば、こうまで大事に至ることもなく、事はひそかに始末されただろう。だからこそ、相手は下女などではなく、その者が罪を犯せば、大奥全体の不行跡と見なされるほどの立場の者を選んだ。
 即ち、相手の狙いは大奥そのものを困窮させること。罪人を大奥から出し、大奥の責任を問う。そのためには、標的として誰か適当な者を選び、まずは、その者を罪人に仕立て上げる必要があった。大奥から科人、天下をも欺く大罪人が出れば、とんでもない不祥事として世間に広く取り沙汰されるようになる。
 それこそが、今回の事件を企てた黒幕の狙いであったのだ!
 恐らく、初瀨は、その腹黒い奸計にまんまと乗せられたにすぎない。初瀨の浅はかな妬心は、狡猾な企みを企てた者にはもってこいであったはずだ。
 やはり、重要なのは、矢代自身が果たして真に役者遊びをしたのかということ。それが万が一にも真実であったとすれば、いかに御台所だとて、矢代を果たして庇い切れるかどうかは心許ない。
 それは、これから判ることだ。美空は小さく深呼吸すると、一歩前へと踏み出した。
 部屋は八畳ほどの広さがあり、女の座した真後ろに、小さな丸窓が一つだけあった。片隅に地味な紺色の着物を纏った女が端然と座っていた。むろん、座布団のようなものは敷いてはいない。
 美空は女の手前まで来ると、自分もそれに向き合う形で座る。
 気配に気付いたのか、女が固く閉じていた瞼をうっすら開けた。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ