
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第14章 第四話・其の参
この日、美空は初めて、大奥という特殊な世界に生きる女の現実―悲哀をまざまざと知った。
言葉が途切れると、雨音だけが聞こえる。
一体、この女といかほどの間、こうして語り合っていたのだろう。かすかな、静寂(しじま)に溶けるような音だ。
美空はつと立ち上がり、矢代の背後の丸窓を細く開けた。わずかに切り取られた空間から、雨に濡れる桜の樹がかいま見える。
しっとりと雫を帯びた薄紅色の花は、花冷えの寒さに震えているのだろうか。
美空が物も言わずに雨音に聞き入っていると、矢代の声が聞こえた。
「この雨で桜も大方は散るのでございましょうね。私は幼い頃より、桜の花が大好きでございました。華やかでいながら、どの花よりも清々しい。桜の清々しさは、潔く散るからこそにございましょう」
矢代の囁きは、まるで冷たい春の大気に溶ける吐息のようだった。
だが、その白い面には、雨に打たれた花も色褪せるほどの晴れやかな微笑が刻まれていた―。
矢代の押し込められている部屋を出た美空は、吹き抜けになった廊下を一人で歩いた。
―御台さまにわざわざここまでお越し頂きましたこと、最後に賜りましたひとかたならぬお優しさ、この矢代、生涯忘れませぬ。ありがとうございました。
去り際、そう言って両手をついた矢代の姿が瞼に灼きついている。
叶うことならば、救いたかった。
智島のためだけではなく、大奥のためだけでもなく。矢代と話してみて、美空は、矢代という女の器を知ったのだ。
―惜しいことを。何事もなければ、いずれは御年寄にもなれるはずであった身なのに。
言葉が途切れると、雨音だけが聞こえる。
一体、この女といかほどの間、こうして語り合っていたのだろう。かすかな、静寂(しじま)に溶けるような音だ。
美空はつと立ち上がり、矢代の背後の丸窓を細く開けた。わずかに切り取られた空間から、雨に濡れる桜の樹がかいま見える。
しっとりと雫を帯びた薄紅色の花は、花冷えの寒さに震えているのだろうか。
美空が物も言わずに雨音に聞き入っていると、矢代の声が聞こえた。
「この雨で桜も大方は散るのでございましょうね。私は幼い頃より、桜の花が大好きでございました。華やかでいながら、どの花よりも清々しい。桜の清々しさは、潔く散るからこそにございましょう」
矢代の囁きは、まるで冷たい春の大気に溶ける吐息のようだった。
だが、その白い面には、雨に打たれた花も色褪せるほどの晴れやかな微笑が刻まれていた―。
矢代の押し込められている部屋を出た美空は、吹き抜けになった廊下を一人で歩いた。
―御台さまにわざわざここまでお越し頂きましたこと、最後に賜りましたひとかたならぬお優しさ、この矢代、生涯忘れませぬ。ありがとうございました。
去り際、そう言って両手をついた矢代の姿が瞼に灼きついている。
叶うことならば、救いたかった。
智島のためだけではなく、大奥のためだけでもなく。矢代と話してみて、美空は、矢代という女の器を知ったのだ。
―惜しいことを。何事もなければ、いずれは御年寄にもなれるはずであった身なのに。
