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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第15章 第四話・其の四

 矢代と対面を果たした後、美空は部屋で待っていた智島にありのままを告げた。
 瀬川市助との逢瀬を一生に一度の恋だと言い切った矢代の決意の強さは、たとえ誰であろうと動かすことはできないのではとも言った。
 そして、最後に智島に頭を下げたのだ。
―私の力が至らず、申し訳ない。いかにしても、矢代を翻意させることは叶わなかった。許してたも。
 そう言った美空に、智島は眼を潤ませた。
―御台さまにそこまでして頂き、矢代も私もこの上なく果報なことと思うておりまする。ほんに、ありがとうございました。
 大奥の御客会釈矢代としてよりも、ただの一人の女として恋に生きる覚悟を決めた―、まさに矢代にとっては捨て身の恋だったのだ。その恋を選ぶと言った矢代を止めることはできない。
 判ってはいても、美空はやはり、我が身が矢代を救えなかったことに申し訳なさを感じていた。大奥の高位にある奥女中が代参の合間に役者と情を通じていた―、これがいかほどの罪なのか。恐らくは矢代の生命をもって贖うほどの大罪と見なされるだろう。あれほどの女をむざと死なせねばならぬのかと思うと、我が身の力のなさが口惜しい。
「さ、公方さまがお待ちかねにございますよ」
 智島は子どもを宥めるような口調で言い、美空の夜着の前結びになった帯をさっと直し、形を整えた。
「それでは、私は、これにて失礼させて頂きます」
 今度こそ智島が去ってゆく。
「―おやすみなさい」
 か細い声は、智島には届かなかったろう。美空は小さくなってゆく智島の後ろ姿を見つめ、思い直したように襖を開けた。
「いかがした? 顔色が優れぬようだが」
 既に家俊は二つ整然と並んだ夜具の傍らに端座していた。

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