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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第15章 第四話・其の四

「さりとて、矢代は科人だぞ。いかに御台とて、ご政道を乱し、罪を犯した科人にわざわざ逢いにゆくことが、その立場を危うくするとは考えなかったとでもいうのか。いや、御台であればこそだ。将軍の妻たるそなたが何故、罪人などに逢いにいった? 分別のあるそなたのすることとは思えぬ」
 抑揚のない声で言う家俊の顔は蒼白い。
 が、美空は敢えて続ける。
「ですから、先ほども申し上げております。矢代に訊ねたいことがあったからだと」
「おい、美空。そなたは存じておるのか。万が一、そなたが科人矢代に逢いにいったことが知れれば、そなたまでもが要らざる疑いをかけられる―悪くすれば、そなたまでが今回の事件に拘わり合いがあると勘繰られる可能性もあるんだぞ? そなたほどの女子がそのことを考えぬはずはないというに、何ゆえ、そのような馬鹿げたふるまいをしたのだ。それとも、危険を冒してまで矢代に逢わねばならぬ理由があったと申すか」
 次第に家俊の声が高くなってゆく。
 美空はそれでも視線を逸らすことなく、良人をじいっと見据えた。
「上さまに一つだけお訊き致しとうございます」
「―いきなり、何だ」
 不意をつかれたように黙り込む家俊を、美空はひたと見つめる。
「上さまはかねてより奢侈をお嫌いになり、将軍の座に就かれてすぐに倹約令をお出しになりました。老中の堀田筑前守は、目下のところ幕府の財政が逼迫しておる一因として、大奥の女たちが湯水のごとく金を使うせいだと申しております。ゆえに、大奥に回す懸かりを削減し、女たちにはいっそうの倹約に励めとのお達しがつい最近もあったとか」
「それがどうした。堀田の思惑は、何もあれ一人の考えというわけでもない。俺も常日頃から、そのように思うていたのは確かだ。実際、大奥は金を使いすぎる。やれ打掛だ、帯だ、簪だと際限なく金を使い、その浪費の挙げ句が今の財政難だ」
 家俊は露骨にムッとした表情で言った。

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