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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第15章 第四話・其の四

 初瀨と特に仲の良かったという御三の間勤めの奥女中が三日前、突如として暇乞(いとまご)いをして実家に下がったという。あろうことか、その奥女中瑞音(みずね)は老中堀田筑前守誓頼の姪に当たるというのだ!
 奥方との間に娘のいない堀田老中は、この姪を娘のように可愛がっていた。面妖なのは、瑞音が奉公に上がったのが、つい半年ほど前、つまりごく最近ということである。突如として大奥に現れ、また、矢代事件が起こるのとほぼ時を同じくして、かき消すように姿を消した。
 瑞音と初瀨はたいそう気が合うらしく、二人だけでよく話し込んでいることが多かった。元々、内向的で大奥勤めが長いにも拘わらず友達も少なかった初瀨は、瑞音を心から信頼していたという。
 その初瀨がある時、泣きながら他の朋輩に洩らしたというのである。
―幾ら嫌いになってしまったからといって、昔の友達を売るなんて。そんなことをしたら、仏罰が当たるかもしれない。
 小心な初瀨はその時、震えてさえいた。
 しかし、その短いひと言が何を意味しているのか、その朋輩には判らなかった。
 果たして、その翌朝、初瀨は老中堀田にかつて仲間であった矢代の罪を訴え出た。その時、既に初瀨を唆したと思われる瑞音は大奥から姿を消していた。
 初瀨の泣き顔を見たその朋輩は、最初はそのことを話そうとはしなかったが、智島が問いつめると、わっと泣き伏して、泣く泣く白状した。智島はこのことを口外せぬようにとその娘に戒めておいた。
 智島の報告を受け、美空は漸く、今回の事件ならぬ陰謀のからくりが見えてきたように思った。
―すべて真実にございます。むろん、私と市さまの拘わりについて、という点のみにはございますが。

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