
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第15章 第四話・其の四
「その瑞音のことじゃが、あまり芳しからぬ噂を聞いてのう。今日、そちをここに呼んだのは他でもない、そのことよ」
「はて、瑞音に何か粗相がございましたでしょうか」
大真面目に訊いてくる堀田に、美空は鹿爪らしく言った。
「瑞音は大奥にてお次を勤める初瀨とはたいそう仲が良かったと聞く。初瀨と申せば、ほれ、あの矢代瀬川事件をそなたに訴え出たという功の者であろう」
「は、はあ。確かに仰せのとおりにございます」
堀田は懐から手ぬぐいを出している。
美空は堀田の顔を見ながら、その反応を確かめるようにゆっくりと言った。
「いや、何しろ、瑞音が大奥より暇を取ったのがあの騒動の直前ゆえ、何ぞの拘わりがあるのではないかと申す者もおってな。むろん、天下のご政道の一翼を担う筆頭老中たるそなたの姪が、そのような忌まわしき事件に拘わりがあると私は思うてはおらぬが」
「ありがたきご諚にございます」
堀田は取り出した手ぬぐいでしきりに額の汗を拭いていた。
桜の季節も終わり、今は初夏。
日中ははや汗ばむほどの暑さで、今も部屋の障子はすべて開け放っている。
庭には小さな池があり、汀に群れ咲く菖蒲が紫の花を涼やかに咲かせていた。
「ま、瑞音が暇を取ったのがあまり急であったゆえ、そのようなけしからぬことを囁く輩もおるのであろう。そのような噂、私は全く信じてはおらぬし、その者には厳重に注意しておくつもりじゃ。しかし、事が事だけに、一応、そなたの耳には入れておいた方が良かろうと思うてな」
「はっ、御台さまのありがたきお心遣い、この堀田筑前、痛み入りまする」
堀田は額から流れ落ちる汗の玉をせわしなく拭いつつ畏まって平伏した。
「はて、瑞音に何か粗相がございましたでしょうか」
大真面目に訊いてくる堀田に、美空は鹿爪らしく言った。
「瑞音は大奥にてお次を勤める初瀨とはたいそう仲が良かったと聞く。初瀨と申せば、ほれ、あの矢代瀬川事件をそなたに訴え出たという功の者であろう」
「は、はあ。確かに仰せのとおりにございます」
堀田は懐から手ぬぐいを出している。
美空は堀田の顔を見ながら、その反応を確かめるようにゆっくりと言った。
「いや、何しろ、瑞音が大奥より暇を取ったのがあの騒動の直前ゆえ、何ぞの拘わりがあるのではないかと申す者もおってな。むろん、天下のご政道の一翼を担う筆頭老中たるそなたの姪が、そのような忌まわしき事件に拘わりがあると私は思うてはおらぬが」
「ありがたきご諚にございます」
堀田は取り出した手ぬぐいでしきりに額の汗を拭いていた。
桜の季節も終わり、今は初夏。
日中ははや汗ばむほどの暑さで、今も部屋の障子はすべて開け放っている。
庭には小さな池があり、汀に群れ咲く菖蒲が紫の花を涼やかに咲かせていた。
「ま、瑞音が暇を取ったのがあまり急であったゆえ、そのようなけしからぬことを囁く輩もおるのであろう。そのような噂、私は全く信じてはおらぬし、その者には厳重に注意しておくつもりじゃ。しかし、事が事だけに、一応、そなたの耳には入れておいた方が良かろうと思うてな」
「はっ、御台さまのありがたきお心遣い、この堀田筑前、痛み入りまする」
堀田は額から流れ落ちる汗の玉をせわしなく拭いつつ畏まって平伏した。
