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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第15章 第四話・其の四

 結局、信州高遠藩の預かりとなることが正式に決定し、矢代は江戸から高遠へと送られていった。それが、五月の初めのことで、それから一ヵ月後、矢代は監禁先の高遠で自ら生命を絶って亡くなったという。
 高遠では、矢代は家老の屋敷に預けられ、一室に軟禁されていた。日に三度の食事は届けられるが、ずっと部屋に閉じ込められた状態であった。それでも、何の愚痴も言わず、日々黙々と文机に向かって写経をしていたとか。
 矢代が自ら生命を絶つ少し前、瀬川市助が流刑先の八丈島で息を引き取った。市助の死を矢代が知っていたかどうかは判らない。しかし、預かり先の高遠藩の人間が何も知らぬ矢代を哀れと思い、その死を伝えてやった可能性は十分にあった。
 矢代が捕らえられたのとほぼ時を同じくして相手の女形瀬川市助も町方に拘束された。市助の身柄は町奉行所に留め置かれ、連日厳しい詮議を受けた。拷問にもかけられたものの、連日の取り調べにも弱音一つ吐くことなく耐え抜いた。矢代をも詮議した目付に奉行所で対面した折、市助は堂々と言い張った。
―俺にとっちゃア、矢代さまとの恋は一生に一度の恋だったのさ。
 だから、殺すなら殺せ。この恋のために死ねるのなら、何も思い残すことはない。俺も矢代さまも誰にも何にも恥じるようなことはしちゃいねえよ。
 あたかも芝居の科白のように高らかに宣言するその姿に、目付初め、その場に居合わせた者は愕き呆れたという。
 その後、市助はお白州で八丈島に流刑と決まった。これは後に知ったことだけれど、市助は仮にも大奥のお女中と情を交わしたということで、天下の大罪人ゆえ死罪と決まっていた。その処分を情状酌量して減刑したのは他ならぬ老中堀田筑前守であった。
 美空の脅し(?)が功を奏したのかどうかは定かではないが、あれから堀田はついに大奥に更なる揺さぶりをかけてくることはなかった。

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