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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第15章 第四話・其の四

 かつての親友を密告した初瀨は、矢代の処分が正式に決まり高遠に送られた後、自ら暇を賜り大奥からいなくなった。風の便りによれば、初瀨は落飾して尼となり、実家で読経三昧の日々に明け暮れている。
 友を売ってまでも己が立身を望んだ初瀨が、何ゆえ突如として俗世を捨てたのか。その心境は今となっては知るすべはない。
 八丈島に送られた市助は真面目に囚人としての勤めに励んでいたが、運つたなく流行病(はやりやまい)に生命を奪われた。矢代が生命を絶ったのは、その十日余り後のことだった―。
 美空にとっては、市助もまた矢代と同じ想いであった、ただそのことだけがせめてもの慰めであった。たとえその身は高遠と八丈に遠く離れても、二人の心は常に寄り添っていたに違いない。市助がどこかで生きていると思うからこそ、矢代は高遠での辛い幽閉生活にも耐え続けられたのだ。しかし、市助がこの世におらぬことを知った時、矢代の生きる意味もまた消えてしまったのだろう。
 矢代の死は覚悟の上の自害とされ、白装束に身を固め懐剣で喉をひと突きという実に見事なものであった。
 大奥女中矢代と当代一の歌舞伎役者瀬川市助のこの悲恋物語は〝矢代瀬川事件〟として、後世にまで広く語り継がれてゆかれることになる。

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