
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第2章 其の弐
―そりゃあ、淋しいって思うときもあるのよ。でも、徳平店に住んでる人たちは皆、何くれとなく助け合って暮らしてて、私には頼りになる親戚のおじさんやおばさんがたくさんいるって感じなの。だから、一人でも大丈夫。
確か、あの時、自分はそんなことを孝太郎に言わなかっただろうか。
あの科白を耳にした孝太郎は何とも形容のしがたい、複雑そうな顔をしていた。あのときの孝太郎の表情までもがありありと瞼に浮かび上がってきた。
孝太郎に改めて指摘されたことによって、あの日の会話が鮮やかに記憶として甦る。
孝太郎は、美空を眩しげな眼で見つめた。
「俺は、そんなお前が可愛いと思ったんだ。親父さんもお袋さんもいなくて淋しいが、それでもなお平気だと言ったお前がいじらしくて、一生守ってやりたい、幸せにしてやりてえと思った」
孝太郎の深い声が美空の耳を打つ。
と、頬に冷たいものを感じ、美空は空を仰いだ。
頭上には鈍色の厚い雲が幾重にも重なり、低く垂れ込めている。冬特有の陰鬱な灰色の天(そら)から、白い花びらがひらり、ひらりと舞い降りてくる。
今年初めての雪だった。
白い雪片と共に、たった今聞いたばかりの孝太郎の言葉が美空の心に降り積もり、静かに溶けてゆく。
冷たいはずの雪は、美空の心を冷ややかなものではなく、温かいもので満たしてゆく。
「玉ゆらに 昨日の夕見しものを 今日の朝に恋ふべきものか」
孝太郎がふと口ずさんだ。柿本人麻呂が詠んだという恋の唄だ。
雪が、降る。孝太郎のひと言、ひと言が言葉の花びらとなって、美空の心に温かく降り積もってゆく。
今は何より、孝太郎がこの歌を自分に贈ってくれたことが素直に嬉しい。美空の眼に嬉し涙が湧く。今日初めて流す歓びの涙であった。
恋しい男の眼を真っすぐに見つめながら、美空もまた、同じ歌を繰り返す。
「玉ゆらに 昨日の夕見しものを 今日の朝に恋ふべきものか」
いつだったか、孝太郎が教えてくれた。恋の歌を贈られたときには、贈られた方も必ず己れの想いを託した歌を相手に返すものだと。
確か、あの時、自分はそんなことを孝太郎に言わなかっただろうか。
あの科白を耳にした孝太郎は何とも形容のしがたい、複雑そうな顔をしていた。あのときの孝太郎の表情までもがありありと瞼に浮かび上がってきた。
孝太郎に改めて指摘されたことによって、あの日の会話が鮮やかに記憶として甦る。
孝太郎は、美空を眩しげな眼で見つめた。
「俺は、そんなお前が可愛いと思ったんだ。親父さんもお袋さんもいなくて淋しいが、それでもなお平気だと言ったお前がいじらしくて、一生守ってやりたい、幸せにしてやりてえと思った」
孝太郎の深い声が美空の耳を打つ。
と、頬に冷たいものを感じ、美空は空を仰いだ。
頭上には鈍色の厚い雲が幾重にも重なり、低く垂れ込めている。冬特有の陰鬱な灰色の天(そら)から、白い花びらがひらり、ひらりと舞い降りてくる。
今年初めての雪だった。
白い雪片と共に、たった今聞いたばかりの孝太郎の言葉が美空の心に降り積もり、静かに溶けてゆく。
冷たいはずの雪は、美空の心を冷ややかなものではなく、温かいもので満たしてゆく。
「玉ゆらに 昨日の夕見しものを 今日の朝に恋ふべきものか」
孝太郎がふと口ずさんだ。柿本人麻呂が詠んだという恋の唄だ。
雪が、降る。孝太郎のひと言、ひと言が言葉の花びらとなって、美空の心に温かく降り積もってゆく。
今は何より、孝太郎がこの歌を自分に贈ってくれたことが素直に嬉しい。美空の眼に嬉し涙が湧く。今日初めて流す歓びの涙であった。
恋しい男の眼を真っすぐに見つめながら、美空もまた、同じ歌を繰り返す。
「玉ゆらに 昨日の夕見しものを 今日の朝に恋ふべきものか」
いつだったか、孝太郎が教えてくれた。恋の歌を贈られたときには、贈られた方も必ず己れの想いを託した歌を相手に返すものだと。
