
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第5章 第二話〝烏瓜(からすうり)〟・其の壱
しかし、現実は美空の考えていた以上に厳しかった。美空は孝太郎の強い意思もあり、正室として迎えられたのだが、藩邸の人間は誰もが美空を正室として認めてはいない。否、藩主である孝太郎―本当の名は徳川孝俊という大層な名である―の意向は絶対であるため、表向きは美空を正室として立ててはいるものの、心の内では成り上がり者と侮っていた。
正室である美空にはあまたの奥女中が仕えているが、彼女たちの出自は大抵は重臣か家臣の娘で、身許はしっかりしている。つまり、元々は主人である美空より、奉公人の女中たちの方がよほど身分も高いのである。むろん、奥女中たちの態度は皆、一様に丁寧ではある。しかし、慇懃な態度の裏には美空を成り上がり者と蔑む気持ちが透けて見えていた。
そんな奥女中たちの手前、必要以上に高圧的になることもなく、さりとて、おずおずとした態度を見せることもなく、毅然として接することを心がけてはいたけれど、流石に毎日ともなれば疲れる。すべては良人孝俊の体面を傷つけることのないよう、妻として、孝俊の選んだ女は所詮はその程度の女だった―と後ろ指を指されることのないようにと思ってのことだ。
こんな風に溜息一つつくにも、常に周囲の眼を気にしなければならないというのは、美空にっては苦痛以外の何ものでもない。もし、そんな場面を側仕えの誰かにでも見られでもしようものなら、大変なことになるのを他ならぬ美空自身が身に滲みて知っている。
以前、嫡子徳千代を生んでまもない頃のこと、徳千代が夜泣きをして愚図ってばかりいて、添い寝する美空は、ろくに眠れない夜が続いていた。それゆえ、寝不足が溜まり、つい昼間に小さな欠伸をしてしまったのだが、それがいつしか尾ひれが付いて、奥女中たちの間では悪意を込めた取り沙汰がされていた。
―御簾中さまは昼日中から、大きな欠伸をなさっておられました。
と、その日の中には奥向きの女たち皆が知るところになるだろう。
―どうせ、盛りのついた雌猫のごとく、夜中、ご寝所で殿にしなだれかかっておられたのですよ。
―なるほど、それで、真昼間から大口を開けてこれ見よがしに欠伸なぞ致しておるのでございますね。流石は色香で殿を籠絡した下賤な女子でございます。
正室である美空にはあまたの奥女中が仕えているが、彼女たちの出自は大抵は重臣か家臣の娘で、身許はしっかりしている。つまり、元々は主人である美空より、奉公人の女中たちの方がよほど身分も高いのである。むろん、奥女中たちの態度は皆、一様に丁寧ではある。しかし、慇懃な態度の裏には美空を成り上がり者と蔑む気持ちが透けて見えていた。
そんな奥女中たちの手前、必要以上に高圧的になることもなく、さりとて、おずおずとした態度を見せることもなく、毅然として接することを心がけてはいたけれど、流石に毎日ともなれば疲れる。すべては良人孝俊の体面を傷つけることのないよう、妻として、孝俊の選んだ女は所詮はその程度の女だった―と後ろ指を指されることのないようにと思ってのことだ。
こんな風に溜息一つつくにも、常に周囲の眼を気にしなければならないというのは、美空にっては苦痛以外の何ものでもない。もし、そんな場面を側仕えの誰かにでも見られでもしようものなら、大変なことになるのを他ならぬ美空自身が身に滲みて知っている。
以前、嫡子徳千代を生んでまもない頃のこと、徳千代が夜泣きをして愚図ってばかりいて、添い寝する美空は、ろくに眠れない夜が続いていた。それゆえ、寝不足が溜まり、つい昼間に小さな欠伸をしてしまったのだが、それがいつしか尾ひれが付いて、奥女中たちの間では悪意を込めた取り沙汰がされていた。
―御簾中さまは昼日中から、大きな欠伸をなさっておられました。
と、その日の中には奥向きの女たち皆が知るところになるだろう。
―どうせ、盛りのついた雌猫のごとく、夜中、ご寝所で殿にしなだれかかっておられたのですよ。
―なるほど、それで、真昼間から大口を開けてこれ見よがしに欠伸なぞ致しておるのでございますね。流石は色香で殿を籠絡した下賤な女子でございます。
