
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第5章 第二話〝烏瓜(からすうり)〟・其の壱
「鳥を見ておった」
「鳥、にございますか」
智島が意外な応えに眼を見開く。
「風のように飛び去っていったゆえ、何の鳥までかは、しとては判らなかったが」
美空は言うともなしに言い、その後は聞き取れぬほどの声で呟いた。
「鳥は良いのう。翼があれば、ほれ、あのような空の高みまで飛んでゆける。眺めておる中に、あの鳥が羨ましうなってしもうた」
「鳥が羨ましいと?」
智島の問いに、美空は頷いた。
「鳥のように翼をはためかせて大空を飛べば、或いは何もかも忘れられるやもしれぬ」
その呟きに、智島は一瞬、言葉を失う。
もしかしら―、自分が考えている以上に、この若いご簾中の心の傷は深いのかもしれない。智島はそう思い知らされたような気分だった。
一方、美空は智島に初めて出逢った日のことを思い出していた。今でこそなくてはならない腹心ではあるが、何を隠そう、ごく最初の頃は美空は智島が苦手であった。
かつて暮らしていた徳平店を離れる日、尾張藩から立派な黒塗りの駕籠が迎えに遣わされた。警護の武士数人と、奥女中が一人、尾張藩から寄越されたその出迎えの者たちの中に智島がいたのである。
美空が智島に対して初めて抱いた印象は、正直、あまり芳しいものではなかった。美しいけれど、能面のように静まり返ったその面からはおよそ何の感情も窺えず、冷たい印象だった。物言いも態度もすべてが権高に見え、取っつきにくそうに思えたのである。
だが、勿体ぶった物言いはともかく、実際によくよく接してみると、智島は見かけほど冷淡でもなく、居丈高でもなかった。どころか情の深い、心優しい頼り甲斐のある女だった。そんじょそこらの柔な男よりよほど男気があり、姐御膚というのか、すごぶる面倒見が良い。そんなところは、相店であったお民を彷彿とさせ、余計に親近感が持てた。
また、かつての武勇談―新婚半年で実家に堂々と帰ってきた―を裏付けるがごとく、勝ち気で男勝りの気性でもある。そういった負けず嫌いの性分は、美空にも相通ずるところがあった。
智島を見ていると、人はつくづく外見だけでは判断できないと思ってしまう。美空が上屋敷に入ったその日は寒い日だった。
「鳥、にございますか」
智島が意外な応えに眼を見開く。
「風のように飛び去っていったゆえ、何の鳥までかは、しとては判らなかったが」
美空は言うともなしに言い、その後は聞き取れぬほどの声で呟いた。
「鳥は良いのう。翼があれば、ほれ、あのような空の高みまで飛んでゆける。眺めておる中に、あの鳥が羨ましうなってしもうた」
「鳥が羨ましいと?」
智島の問いに、美空は頷いた。
「鳥のように翼をはためかせて大空を飛べば、或いは何もかも忘れられるやもしれぬ」
その呟きに、智島は一瞬、言葉を失う。
もしかしら―、自分が考えている以上に、この若いご簾中の心の傷は深いのかもしれない。智島はそう思い知らされたような気分だった。
一方、美空は智島に初めて出逢った日のことを思い出していた。今でこそなくてはならない腹心ではあるが、何を隠そう、ごく最初の頃は美空は智島が苦手であった。
かつて暮らしていた徳平店を離れる日、尾張藩から立派な黒塗りの駕籠が迎えに遣わされた。警護の武士数人と、奥女中が一人、尾張藩から寄越されたその出迎えの者たちの中に智島がいたのである。
美空が智島に対して初めて抱いた印象は、正直、あまり芳しいものではなかった。美しいけれど、能面のように静まり返ったその面からはおよそ何の感情も窺えず、冷たい印象だった。物言いも態度もすべてが権高に見え、取っつきにくそうに思えたのである。
だが、勿体ぶった物言いはともかく、実際によくよく接してみると、智島は見かけほど冷淡でもなく、居丈高でもなかった。どころか情の深い、心優しい頼り甲斐のある女だった。そんじょそこらの柔な男よりよほど男気があり、姐御膚というのか、すごぶる面倒見が良い。そんなところは、相店であったお民を彷彿とさせ、余計に親近感が持てた。
また、かつての武勇談―新婚半年で実家に堂々と帰ってきた―を裏付けるがごとく、勝ち気で男勝りの気性でもある。そういった負けず嫌いの性分は、美空にも相通ずるところがあった。
智島を見ていると、人はつくづく外見だけでは判断できないと思ってしまう。美空が上屋敷に入ったその日は寒い日だった。
