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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第5章 第二話〝烏瓜(からすうり)〟・其の壱

―おさとは気の強き女で、俺もほとほと手を焼いた。まさに常に千人の男を相手にしておるような、気の抜けぬ毎日であったわ。あれほど情の強い女子もそうそうはおるまいて。
 果たして、それが嘘は真か定かではないけれど、そういった噂が真しやから語られ、いつしか智島は〝千人力の智島どの〟と呼ばれるようになった。
 確かに、智島は大の男相手に怯むということもない。江戸家老の碓井主膳にでさえ、解せぬ点があらば真っ向から向かってゆく。その気性の強さ、しっかり者ぶりは江戸の尾張藩では上屋敷どころか下屋敷でも聞こえているという。
 〝千人力〟という呼び名は、智島にとって、けして名誉なものではない。むしろ、婚家で前の良人が前妻と後妻を比べて、前妻である智島を悪く言っているともいえる。極めて不名誉な呼び方であった。それをわざわざ衆目の前で持ち出すとは、人が悪すぎる。
 美空はついカッとなった。だが、ここで感情に負けて爆発してはならぬと懸命に己れに言い聞かせる。美空のふるまいは、藩主である孝俊にも拘わってくる。孝俊に恥をかかせるようなんことだけはあってはならない。
 美空は大きく息を吸い込み、グッと腹に力を込めた。唐橋を初めに、奥女中の一団をぐるりと眺め回す。
「お褒めに預かり、光栄なことです。仰せのとおり、智島は得がたいほどの人物にて、まさに千人力の有能な侍女。口ばかりの何もできぬ者と違うて、智島が一人おれば、まさに千人力の心持ちが致します。智島ぼとの頼もしき女子は他におりませぬ」
 くっと、〝千人力〟と智島を呼ばわった若い奥女中が悔しげに呻く。口ばかりで何もできぬ者とは、暗にこの女を指して言ったのである。
 その娘の傍らにいるやはり若い女中が一瞬、射殺しそうなほどの強い視線で美空を睨んでいた。美空と眼が合うと、慌てて顔を伏せたが、美しい娘であった。咲き誇る牡丹の花の風情のようなとでも言おうか、派手やかな美貌である。が、眼許に険があり、少々きつい印象を与えた。

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