
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第5章 第二話〝烏瓜(からすうり)〟・其の壱
「幾ら殿にはお願い申し上げてみても、ご側室の一人も持たれぬ今では、ご簾中さまは大切な御身、もしご懐妊でもなされておられたれば、いかがなされまする。重々お気を付けて下さりませ」
唐橋の言葉は、恐らく背後の宥松院の意向でもあるだろう。
「以後、せいぜい気をつけることに致しましょう」
美空はそれでも精一杯の力を声に込めた。
唐橋が露骨に面白くなさそうな顔になる。
そのすぐ後ろで色の白い娘が再び顔を上げて、美空を見つめているのに気付いた。
例の、派手やかな美貌の娘だ。彫りの深い顔立ちは細工師が端整込めて刻み上げた人形のようにも見える。
まなざしとまなざしか刹那、絡み合い離れた。今度は先刻と異なり、娘は顔を伏せることなく、平然と美空を凝視している。仮にもご簾中相手に視線を逸らすこともないとは、無礼というか怖い者知らずの娘だ。
美空はそんなことを考えながら、打掛の裾を翻した。慌てて智島がその後を追う。
唐橋の視線が己れの背中に注がれていることを意識しつつ、美空は足早に歩き去った。
まるで、一刻も早くその場から逃れたいとでもいうかのように。
居室に戻るなり、美空はその場にくずおれた。脇息に寄りかかり、放心したように宙を見つめる。そんな美空を見つめ、智島が案じ顔で問う。
「ご簾中さま、大事はござりませぬか」
智島が怒りを抑え切れぬ様子で憤然と言った。
「それにしても、唐橋さまも何と心なきお仕打ちをなさるのでございましょう。ご簾中まさま、いっそのこと、殿に申し上げてみてはいかがにございましょう。あまりにも子どもじみた真似をなさるにもほどがありまする」
だが、怒り心頭に発する智島とは裏腹に、当人の美空は茫然と虚空を見据えている。智島の言葉を聞いているのかどうかさえ、疑わしい。
「ご簾中さま?」
たまりかねた智島が声を高くすると、漸く美空の虚ろな眼に光が戻った。
二、三度瞬きを繰り返した後、美空は緩く首を振った。
「いえ、それは止めておきましょう」
唐橋の言葉は、恐らく背後の宥松院の意向でもあるだろう。
「以後、せいぜい気をつけることに致しましょう」
美空はそれでも精一杯の力を声に込めた。
唐橋が露骨に面白くなさそうな顔になる。
そのすぐ後ろで色の白い娘が再び顔を上げて、美空を見つめているのに気付いた。
例の、派手やかな美貌の娘だ。彫りの深い顔立ちは細工師が端整込めて刻み上げた人形のようにも見える。
まなざしとまなざしか刹那、絡み合い離れた。今度は先刻と異なり、娘は顔を伏せることなく、平然と美空を凝視している。仮にもご簾中相手に視線を逸らすこともないとは、無礼というか怖い者知らずの娘だ。
美空はそんなことを考えながら、打掛の裾を翻した。慌てて智島がその後を追う。
唐橋の視線が己れの背中に注がれていることを意識しつつ、美空は足早に歩き去った。
まるで、一刻も早くその場から逃れたいとでもいうかのように。
居室に戻るなり、美空はその場にくずおれた。脇息に寄りかかり、放心したように宙を見つめる。そんな美空を見つめ、智島が案じ顔で問う。
「ご簾中さま、大事はござりませぬか」
智島が怒りを抑え切れぬ様子で憤然と言った。
「それにしても、唐橋さまも何と心なきお仕打ちをなさるのでございましょう。ご簾中まさま、いっそのこと、殿に申し上げてみてはいかがにございましょう。あまりにも子どもじみた真似をなさるにもほどがありまする」
だが、怒り心頭に発する智島とは裏腹に、当人の美空は茫然と虚空を見据えている。智島の言葉を聞いているのかどうかさえ、疑わしい。
「ご簾中さま?」
たまりかねた智島が声を高くすると、漸く美空の虚ろな眼に光が戻った。
二、三度瞬きを繰り返した後、美空は緩く首を振った。
「いえ、それは止めておきましょう」
