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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第6章 第二話・其の弐

「確かに滅多なことは申せませぬ。殿ご自身がご簾中さまをひとかたならぬご寵愛なのですから。うっかり、ご簾中さま派の者に話を聞かれようでもしたなら、すぐにお閨で殿に言いつけられてしまうでしょうし。虫も殺さぬような大人しい可愛いお顔をなさっていながら、一体どんな手練手管で殿を夜毎誑かしていらっしゃるのやら。もしかしたら、男に膚を売る遊び女であったのかもしれませぬ」
「それでは、徳千代君が真、殿のお子であるかどうかなど、判りようはずもありませぬな」
 そこで二人が意味ありげに顔を見合わせたのは、美空には見えない。いや、見えたとしても、そのときの美空にはもう何も考えられなかった。
「そうそう、ご簾中さまお付きとなったあの智島というご中老も怖い方にございますよ。あまりの恐妻ぶりに半年で婚家を離縁され里方に戻されたとか」
「あの〝千人力の智島〟さまでしょう? 全く、主が主なら、お仕えする者もお仕えする者ですね。うっかりご簾中さまの部屋に近付こうものなら、金棒を持った智島さまに追い払われるでしょう」
「まさか、鬼でもあるまいし、そのようなことはございませんでしょう」
 さもおかしげに相槌を打つ声には烈しい悪意が込められている。
 二人はひとしきり、陰にこもった忍び笑いを洩らした。
 やがて、声が次第に遠ざかってゆく。
 美空はただ、ただ虚ろな心を抱えてその場に立ち尽くしていた。
 自分がこの上屋敷でどのように見られているか、孝俊の正室という立場がかりそめのものであることも承知しているつもりだった。
 しかし、それにしても、あまりに酷い。
 自分だけならまだしも、徳千代が孝俊の実の子ではないという噂があるという。しかも、先代藩主の正室にして孝俊の母である宥松院がその噂の因だとあのおんなたちは話していた。
―もしかしたら、男に膚を売る遊び女であったのかもしれませぬ。
―それでは、徳千代君が真、殿のお子であるかどうかなど、判りようはずもありませぬな。
 美空の耳奥でつい今し方聞いたばかりの女たちの声がこだまする。

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