テキストサイズ

喪失、そして再生~どこか遠くへ~My Godness完結編

第1章 ♣ここではないどこかへ♣

 客たちは皆、悠理に対して勝手な幻想を抱いていた。〝氷の微笑―ナンバーワンホストの真実〟などと題して女性雑誌が取材に来たこともある。当然、悠理の許にも記事の掲載された雑誌が送られたきた。
 それを読んで、早妃は笑っていた。
―〝今、明らかになる伝説の名ホスト! 意外にシャイなその素顔に迫る。こんなイケメンが彼女も恋人もいないって、本当なの?〟だって。悠理クンのどこがシャイなの?
 実際には言いたいことはずばずばと言う性格なのに、女性雑誌の記者は真実どころか、およそ本物の悠理とはかけ離れた記事をあたかも真実のように書いていた。
 しかも、記者は悠理の言葉を真に受けて、彼女も恋人もいないとまで書いていた。ホストクラブでは公的には彼女や恋人はいないということになっているが、どのホストにも現実には彼女がいる。しかし、流石に職業柄、結婚は不可となっていた。
 悠理はホストクラブには早妃を同棲中の彼女として届け出ていたものの、内実は入籍も済ませた妻であった。
 大体、記事を書いた三十代の女性記者自体が店で受けた取材中、眼を潤ませっ放しで、放心したように悠理を見つめていたのだ。悠理には正直、自分のどこがそんなに良いのか皆目見当もつかなかった。
 ただ、ホストは基本的には夢を売る―訪れる女性客が自分といる間だけは、彼女だけの〝彼氏〟であり〝恋人〟を演じる―のが仕事だと思っていたから、客がどのような幻想を自分に対して抱こうとも、それは自由だと思えたし気にならなかった。
 ホスト時代を思い出すと、どうしても、想いは早妃に還ってゆく。悠理はナップサックの奥にしまってある小さな巾着を出した。ピンク地に兎が散っている。早妃が手ずから縫ったものだ。
 それを開いて逆さにすると、一枚のポストカードとネックレスが手のひらに落ちてきた。早妃が大切にしていた宝物たち、今となっては亡き妻の形見となったのは、この二つだけだ。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ