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喪失、そして再生~どこか遠くへ~My Godness完結編

第2章 ♣海の女神♣

「ごめんなさいね、溝口さん。父はいつも際限なく飲んだ挙げ句に、この有様なんですよ」
 結局、悠理が網元を担いで、奥の寝間まで運ぶことになった。いつもは眞矢歌の力では到底、運べないので、居間に寝かせるらしいのだが、悠理が眞矢歌に言って、寝間に布団を敷いて、そちらに運んだのだ。
 熟睡している網元をそっと布団に横たえると、眞矢歌が小さな声で言った。
「済みません。ご迷惑をかけてしまいましたね」
「いいえ。これしきのこと、何ともありませんよ」
 言い終えたところで、ハッとした。どうやら、眞矢歌の方も気づいたらしい。
 深夜、午前零時を回った家の中に、今、悠理と眞矢歌は二人きりであった。
「夜遅くまで、本当にごめんなさい。それでは、おやすみなさい」
 眞矢歌もまた、その白い面がうっすらと染まっていることから、現実を意識しているのだとは知れた。
「おやすみなさい」
 悠理の挨拶など到底、耳には入っていない様子で、彼女は逃げるように部屋を出ていく。
 微笑ましい想いでそのか細い後ろ姿を見送ってから、悠理は改めて網元を見つめる。
 網元は今年、六十二になるという。今の時代では、まだ老人と呼ぶには早い年代かもしれない。確かに赤銅色の灼けた膚も鋼のように鍛え抜かれた体躯もまだ老人のものではない。
 悠理の父が生きていたとしても、まだ四十代半ば過ぎだが、父もまた悠理ほどではないにせよ、早婚であった。大学時代に家庭教師のバイトをしていて、高校生だった母とめぐり逢ったのだ。資産家の娘と貧乏苦学生の恋。まるで昼メロのような内容だが、彼の両親はそれを地でゆき、熱烈な恋愛結婚の末に結ばれた。
 母は勘当され、二人は貧相な木造アパートで新婚生活を営んだ。やがて悠理が生まれたが、母は悠理が五歳の時、貧乏に嫌気がさし、新しい恋人と姿を消した。

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