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喪失、そして再生~どこか遠くへ~My Godness完結編

第2章 ♣海の女神♣

 網元は悠理の父ほど若くはないが、普通に考えて親子といっても不自然なほどではない。網元の安らいだ寝顔を眺めながら、悠理は亡くなった父のことを久しぶりに考えた。
 どこまでも真面目で、真面目すぎたがために、一生を社会の片隅で小さくなって過ごしたような人であった。自分と幼い息子を棄てて去った妻を恨みもせず、自分に甲斐性がないばかりに妻子に辛い想いをさせたと我と我が身を責めるような男であった。
 悠理は父を大好きだったし、尊敬もしていた。父を哀しませたくなかったから、ちゃんと大学まで出て公務員か教員になって欲しいという願いを叶えるべく、高校も真面目に通っていた。父が生きていれば、悠理の人生もまた変わっていただろう。
 悠理はそこで小さく首を振る。止そう、過去を振り返っても仕方がない。過去に存在した事実はもう変えようがない。変えられるのは未来だけ、しかも、それは悠理自身によってしか、なしえないことなのだ。
―過去のことなんぞ、どうでも良い。悠理、大切なのはこれからだぞ。
 網元の力強い声が耳奥でこだまする。
 だが、今せめて、この瞬間だけは亡き父の面影をほんの少しだけ偲びたかった。

 翌日の朝、悠理は浜に出てみた。
 際限なく続くかに見える白砂を一歩ずつ踏みしめて歩く。悠理には、自分の前に続く果てのない浜辺が自らの未来のようにも思えた。
 浜辺には浜ゆうの花が群れ咲いている。ここら辺の花は皆、人が植えたものではなく自生しているものだと網元が話していた。
 時折、吹き抜ける海風に白い花が身を震わせる。
 衝動的に振り返ってみると、やはり、同じような白砂がずっと続いている。恐らく、背後にひろがるのが自分の歩んできた道。
 昨夜の網元の言葉を改めて噛みしめる。
 過去に意味はない。これからの自分を変えられるのは自分だけ。

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