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喪失、そして再生~どこか遠くへ~My Godness完結編

第2章 ♣海の女神♣

 その光景は、悠理に先刻見たばかりの風に揺れる浜ゆうを連想させる。あたかも眞矢歌自身が風に揺れる一輪の花のようだ。
 それは声をかけるのもはばかられるようなワンシーンであった。髪を靡かせ、魅惑的な白い脚を見せている眞矢歌は確かに少し淫らで官能的であったけれど、それでいて何か厳粛な儀式でも執り行っているかのような厳かな雰囲気に包まれている。
 まるで風と波と戯れ、或いは語りかけているかのようだ。悠理はしばらく、彼女の姿に魅入っていた。
 ザッと砂を踏みしめ無意識の中に彼女に向かって一歩踏み出した途端、止まっていた時間が漸く流れ出したような気持ちになった。
 意外に大きく響いた足音に、眞矢歌がハッと振り返る。
「溝口さん?」
 珊瑚色の唇が、かすかに、震えた。
「何をしているんですか?」
 眞矢歌は最初、何のことを問われているか判らなかったらしい。あまりに物事に熱中していたので、突然現れた悠里を認識するのに精一杯といった感じだ。
 ややあって、彼女の顔にやっと微笑が浮かんだのを見て、何故か悠理は安堵する。できるなら、海風にですら折れてしまいそうなこの女性を不用意に怯えさせたくはない。
「海神(わだつみ)の伝説―、聞いたことがありませんか?」
「海神伝説?」
 悠理は初めて聞く名前に眉を寄せる。そういえばと、思い出す。
 昨夜、網元が明日は海神の祭だから、海に出てはならないとか言っていたはずだ。結局、網元が酔いつぶれて眠ってしまって、あの先を聞けずじまいになってしまったが。
「昔話になりますけど」
 眞矢歌は歌うように語り始めた。
 昔、まだ神世(かみよ)の昔、この地に三人の神たちが降り立った。一人は美しき女神、あとの二人は雄々しき男神(おがみ)。二人の男神は女神に妻問いをし、女神は弱り果てた。女神は二人共に愛していて、どちらか一人を選ぶことなどできはしなかったからだ。

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