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喪失、そして再生~どこか遠くへ~My Godness完結編

第2章 ♣海の女神♣

「もう、誰を信じて良いのか判らなくなった。こんな世界に生きていても仕方ないと思って、そうしたら、ふっと海が呼んでいるような気がして」
 眞矢歌の声がふっと耳を打ち、悠理は現に引き戻される。今は、彼女の声が―実里の声にも重なって聞こえた。
―こんな世界に生きていても仕方ないと思って、そうしたら、ふっと海が呼んでいるような気がして。
 ああ、俺は何ということをしでかしたんだ。
 自分はけして許されないことを犯してしまったのだ。
 悠理の眼に熱いものが滲んだ。堪え切れずに溢れたひと滴の涙が頬をつたい落ちてゆく。
 実里と〝あの出来事〟について語り合えるはずもなく、時は過ぎた。しかし、今、全く無関係であるはずの眞矢歌の口を通して語られるすべての言葉があたかも実里の味わった哀しみや苦しみであるかのように悠理の心に迫ってくる。
「それで、海に入って死のうとしたんだ?」
 声が震えないようにするのが精一杯だった。
 眞矢歌がかすかに身じろぎする。それは頷いたようにも見える仕草だった。
「堕胎手術は受けなかったけれど、結局、あの人の思うとおりになったわ。赤ちゃんは流産して、いなくなってしまった」
 眞矢歌の手には、まだ浜ゆうの花束が握りしめられている。彼女は淡々と語りながら、その一本、一本を海に流してゆく。
 白いたおやかな花はこれから安らかな眠りにつこうとする嬰児(みどりご)のように波に乗り、どこかへと運ばれてゆく。ゆらゆらと波に漂い、すぐに沖に運ばれて見えなくなる。
 もし花が本物の赤ん坊ならば、白い波はこの世の光をついに見ることもなく逝った小さな生命を抱く揺りかごになるだろう。
 眞矢歌が流してゆく花たちの一本が彼女の喪った子であるなら、他の一本は早妃の胎内にとどまったまま逝った一人目の子なのかもしれない。

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