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喪失、そして再生~どこか遠くへ~My Godness完結編

第2章 ♣海の女神♣

相手の男は眞矢歌の過去は許せても、子どもを望めないという事実を受け容れることはできないと言ったのである。
「人間にとって、子どもを望めないというのは大きな問題だわ。だから、私、申し訳ないと繰り返す彼を責めることはできなかった。私自身、もう赤ちゃんが産めないなんてことを認めたくなかったし、誰かが嘘だって言ってくれるはずだと思ってたくらいだもの。優しい男(ひと)だったから、もし私が泣いて縋れば、もしかしたら結婚してくれたかもしれない。でも、そんなこと、できっこないでしょう。私の不幸な運命にあの人まで巻き込むことはできないもの」
 眞矢歌の声が今度ははっきりと震えた。
「私は―ここではないどこかへ誰かが連れていってくれるのをずっと待っていたような気がするの。いつか知らない誰かが誰も私を知る人のいない遠い町に連れていってくれる―そんな儚い幻想を抱いていた。そんな馬鹿なことがあるはずもないのに。ただ現実から逃げたかっただけなんでしょうね」
 その声音に潜むあまりの哀しみに、悠理は息を呑んだ。
 悠理の頭にイメージが渦巻いた。他の男に良いようにされている眞矢歌の身体。挙げ句に棄てられ、しおれた花のように打ちひしがれている姿。
 吐き気が込み上げ、視界が怒りで黄色く染まるような気がした。嫉妬だ。これまで想像もつかなかった感情である。
 だが、次の瞬間、嫉妬は消えていった。そうだ、つい先刻も自分は考えたばかりではないか。過去は何の意味も持たない。彼女の過去も同様に。
 すべて語り終えた後、眞矢歌は長い吐息を落とした。それは長年一人で抱え続けてきた鬱屈を吐き出した、安堵の溜息に見えた。
 悠理はこの時、思った。
 この女―眞矢歌は俺と同じだ。過酷な現実から眼を背け、ひたすら逃れたいと思い続けた。彼もまた、ここではないどこかへ行きたいと願っていたのだ。早妃や実里、我が子の想い出から逃れて、誰も自分を知らず、自分もまた誰一人知る人のいない遠い町で暮らしたいと思っていた。

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