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喪失、そして再生~どこか遠くへ~My Godness完結編

第3章 ♣海ほたる舞う夜♣

当然、妻子を理不尽に奪われた怒りと鬱屈は加害者の女性に向けられる。
「俺は妻を撥ねた女性をストーカー紛いにしつこくつけ回し、ある日、会社帰りのその女性を―レイプしたんだ」
 眞矢歌がまた息を呑んだ。
 しばらく、どちらからも言葉はなかった。
 悠理はまるで試験の判定結果を待つ学生のように、怖々と眞矢歌を窺った。
 なおも眞矢歌は沈黙を守っている。
 やはり、嫌われて当然だ。幾ら妻子を奪われて絶望的になっていたとはいえ、加害者女性を復讐にレイプするなんて、同じ女性としては許せないだろう。
 俺のしたことは、眞矢歌さんのような良識ある優しい女から見れば、想像の限界をはるから超えているのだ。
 悠理が絶望に肩を落としたその時、やっと眞矢歌が沈黙を破った。
「それで、その女性が妊娠したのね?」
 その言葉に、悠理がピクリと反応した。
 眞矢歌の声音はどこまでも静かだった。
「確かに悠理さんのしたことは間違っていた。でも、悠理さんは自分の犯してしまった過ちによって、よりいっそう苦しむことになったでしょうし、その分、厳しい罰を受けることになったと思うわ」
 やっと得た二人目の我が子には、生まれながらにして父子の名乗りは許されなかった。これほどの大きな罰があるだろうか。
 悠理が図らずも実里を愛してしまったことを眞矢歌は知らない。しかし、聡明な眞矢歌は悠理の辿った心の軌跡と真実を正確に見抜いているようであった。
「―悠理さんは、もう十分苦しんだでしょう」
 その何げないひと言は悠理の心に大きな波紋を投げかけ、深く深く奥底へと沈んでいった。
「あなたは自分が犯した罪によって、より厳しい報いを受けた。だから、もう過去に囚われてちゃいけないわ。すべてを忘れてと言っても、それが無理なことは同じような体験をした私自身がよく知っている。だから、忘れてとは言わないけれど、これからはもう過去は振り返らずに前だけを見つめて生きなきゃ」
 その瞬間、悠理は眞矢歌の静謐な瞳の中に様々な感情を見た。彼女の澄んだ瞳には、軽蔑でもなく、同情でもなく、ただ共感めいた感情が浮かんでいるだけだ。

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