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喪失、そして再生~どこか遠くへ~My Godness完結編

第3章 ♣海ほたる舞う夜♣

 それは他人の痛みを理解できる心の美しさであった。眞矢歌自身も数々の辛い体験を経てきたからこそ、悠理の心情により寄り添って考えられるのだろう。 
 悠理の眼に熱いものが滲んだ。
「もう、忘れても良いのかな、考えなくても良いんだろうか、俺」
 悠理の頬を熱い滴が流れ落ちる。
 俺、本当は忘れたかったんだ。亡くした妻子のこと、恨みに凝り固まった醜い心で汚してしまった実里、実里の生んだ、たった一人の我が子。
 子どもに逢いたいと願いながらも、どうせ逢えぬと決まっているさだめであれば、いっそのこと忘れてしまいたい、この記憶から消し去ってしまいたいとすら願った。
 だからこそ、今の場所ではない、ここではない遠いどこかへ行きたいと、現実から逃れたいとひたすらあがいていたのではなかったのか。
「忘れたいのなら、忘れれば良いのよ」
 涙の幕で曇った眼の向こうで、眞矢歌が微笑んでいる。悠理には、眞矢歌が今、発している言葉があたかも天に還った早妃のもののようにも思えた。
―もう、私たちのことは忘れて、悠理クン。悠理クンは悠理クンの幸せを見つけて、今度こそ新しい家族を作ってね。これからは前を向いて生きて、自分のことだけ考えて。
 大の男がみっともないと思いながらも、悠理は涙を抑えられなかった。
「泣きたければ泣けば良いのよ。悠理さんが昨日、私に言ってくれたばかりでしょ。泣きたいだけ泣いたら、きっとまた前を向いて生きていけるようになるから。涙と一緒に余計なものはすべて流し尽くしてしまうの」
 眞矢歌の手が悠理の背に回った。
 悠理は眞矢歌のやわらかな胸に顔を埋めて、すすり泣いた。
 早妃、俺はお前たちのことを忘れたりはしない。でも、もう、幾ら悔やんでも取り返せない過去ばかりに縋って生きるのは止めるよ。これからは前だけを見つめて生きてみる。お前はもう遠くにいて、俺が守ってやることはできないから、お前の代わりに側にいて守ってやる俺だけの女神を見つけるから。

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