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喪失、そして再生~どこか遠くへ~My Godness完結編

第1章 ♣ここではないどこかへ♣

 柊路は毎夜、実里の身体を欲しいままにし、悠理のたった一人の子どもの父親として腕に抱いている。同じ男なのに、どうして自分には望む女も我が子さえも手に入らないのだと理不尽に思う傍ら、暴れる実里を押さえつけ陵辱の限りを尽くした自分には、その願いを口にすることすら許されないのだとは判っていた。
 それでも、運命も神さまもあまりに理不尽だと思わずにはいられなかった。逢いたい、実里に、我が子に。感情と理性の間で心は烈しく揺れ動き、心と身体が真っ二つに引き裂かれそうで苦しかった。
 また、いつもの果てのない物想いに引き込まれそうになり、悠理は慌てて首を振った。小さな吐息をつき、改めて視線を動かすと、いつしか道は狭くなっている。バスが通る大きな道を海沿いにひたすら歩いていたはずなのに、その道は今、二方向に分かれようとしていた。
 少し躊躇った後、ええいままよと右方向に脚を向ける。道は更に狭まり、少しいった先では、老人がコンクリートの低い防波堤に網をひろげて掛けている作業の真っ最中である。
 海の眺めは大通りを歩いていたときとさほど変わらなかったが、更に近くなったという感はあった。現実として、真っ青な海が手を伸ばせばすぐの場所にまで迫っている。低い防波堤の向こうはもう海で、潮を濃く含んだ海風が一瞬、悠理の鼻腔を突いた。
 悠理は何も言わずに、ただ黙って老人の仕事を眺めていた。元々、彼は饒舌な質ではない。どちらかといえば、普段の彼は取っつきにくいと他人からは評されることが多かった。
 もっとも、現役ホスト時代は意識して、素の自分を外に出さないようにはしていたけれど。いつも笑顔を仮面のように貼り付けて、心にもない口説き文句を口に乗せ、虚飾と欺瞞に満ちた世界で生きていた。必要とあれば、自分の母親ほどの女性客と濃厚なキスもしたし、肉体関係を持つこともあった。もちろん、愛だ恋だのという感情などとはおよそ無関係の、仕事ゆえと割り切っての関係にすぎない。
 悠理が素顔を見せるのは、妻である早妃の前でだけだ。
―悠理クン。
 早妃の少しだけ舌足らずな口調が無性に懐かしくて堪らない。

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