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喪失、そして再生~どこか遠くへ~My Godness完結編

第3章 ♣海ほたる舞う夜♣

 そのきっかり一時間後。悠理は集まった女性たち―自称〝向井理のそっくりさんを応援する会〟の女性たちに揉みくちゃにされ、さんざんな眼に遭った後、漸く解放された。 
 来週の土曜には、〝向井理そっくりさんを囲むファンの集い〟なるものが町の公民館で開かれ、否応なく出席させられる約束まですることになった。
 悠理は憮然として厨房に向かう。冷蔵庫は好きなときに開けて、中のものは飲んで良いと言われている。よく冷えた作り置きの麦茶があったので、コップに注いで一気に飲んだ。
 冷たい感触が喉元をすべり落ちてゆくと、幾分生き返ったような心地になる。
「ごめんなさいね、悠理さん」
 後ろで眞矢歌の声がして、悠理は首だけねし曲げて振り返る。
「別に、眞矢歌さんのせいじゃないから。でも、もうできるなら勘弁して欲しいな。俺、何が何だかさっぱり判らない中に、揉みくちゃにされたよ。やれサインしろだとか、一緒に写真撮ろうだとか」
 確かにホスト時代は女性客に愛想を振りまいていたが、今はもうホストなどではない。別に好きでもない女たちに良い顔する必要もないし、機嫌を取ることもないのだが。
 哀しいかな、ホスト時代に滲み込んだ習癖はなかなか直せないらしい。気がつけば、ファンクラブだとかいう女性たち相手に、爽やかな笑顔を振りまいていた。
 中には
―すっごい。向井クンって、物凄いエスコート上手。
 などと言われ、やはり馴染んだホストの習性がどこまでもついて回る事実を突きつけられたようで、ショックを受けていた。
「何しろ、小さな町でしょう。特に大きな事件も話題もなかったから、あなたが来て皆、舞い上がってるみたい」
「何で俺なんかが来て、騒ぎになるのか皆目見当もつかないけど」
 好きな女の子に熱っぽく見つめられるのは男として大歓迎だけれど、別にその他大勢に騒がれたとしても何の意味もない。

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