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喪失、そして再生~どこか遠くへ~My Godness完結編

第3章 ♣海ほたる舞う夜♣

 悠理が仏頂面で言うのに、眞矢歌が済まなさそうに言った。
「それで申し訳ないんだけど、これもついでにお願いできるかしら」
 眼の前に差し出された色紙を投げやりに見る。
「何ですか、それ」
 態度が多少粗暴になったのは、この場合、致し方ないかもしれない。
「保育園の後輩に頼まれたの」
 言いにくそうに続ける。 
「その子、向井理の大ファンらしくてね。どうしてもサインが欲しいだって」
「眞矢歌さんまで、そんなこと言うんだ? 俺は溝口悠理で向井理じゃないんだよ? タレントや俳優なら愛想良くサインするんだろうけど、何で一般人の俺がいちいちサインなんてしなきゃならないわけ?」
「その子―保育士の後輩だけど、今年新卒で入ったばかりで、まだ若いのよ。うちの園は去年も新採用はなかったし、他の先生は皆、三十代以上ばかりなんだけど」
 と、懸命に言い訳にもならないような言い訳をしている。そんな眞矢歌が可哀想になり、悠理は溜息をついた。
「仕方ないな。もう本当に、これ一度きりにしてよ」
「判ったわ」
 眞矢歌がホッとしたような表情になった。
 悠理は渡されたサインにサインペンで大きく〝Yuri☆〟と書いた。ついでに空白に今日の日付と西暦を書き込む。
「適当だけど、これで良い?」
「もちろんよ、ありがとう。助かったわ」
 眞矢歌は大切そうに色紙を受け取った。

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