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喪失、そして再生~どこか遠くへ~My Godness完結編

第3章 ♣海ほたる舞う夜♣

 その日の夜、悠理は浜辺にいた。夕食後、眞矢歌がすれ違いざまに囁いたのだ。
―後で浜辺に来て。
 何故、急にこんな場所に呼び出されたのかは判らなかった。恐らく、今朝の出来事に関するのは間違いない。
 迷惑だから、止めて欲しいとか、想いには応えられないとか、そんなことを言われるのだろう。別にわざわざ呼び出してまで拒絶しなくても、眞矢歌に受け容れるつもりはないのに、無理に迫るつもりはなかった。
 心が伴わなければ、無理強いしたって意味はない。そのことを、悠理は誰よりも身をもって知っている。
 七月から八月にかけての今の時期、この浜辺からは海ほたるを眺めることができる。今、この瞬間も前方の海が淡く発光している。それは例えるなら、水の中でネオンが輝いているように見えた。いや、ネオンなどという人工的なものではなく、もっと自然に近いもの、海の中で宝石が煌めき輝いているような、水そのものが光っているような眺めだ。
 綺麗だと心から思った。どんな名人が作り上げる細工物も、自然のなせる驚異の前には到底及ばない。自然こそがこの世で最高の美を作り上げることができるのだろう。
「遅くなって、ごめんなさい」
 眼の前で次々とくりひろげられる壮大かつ幻想的なドラマに魅入っていると、突如として眞矢歌の声が聞こえた。
 振り向くと、いつもとは違う眞矢歌がそこにいた。ほっそりとした肢体を浴衣に包んでいる。白地に薄紅の浜ゆうの花が散った、この地に住む娘らしい柄だ。着物が少しおとなしめの分、帯は若い娘らしく華やかな紅色。艶やかな黒髪はすっきりと結い上げ、控えめなガラスの玉簪が飾っている。
「―凄く似合ってる。素敵だ」
 朝の出来事も忘れ、悠理はつい口にしていた。それほど今夜の眞矢歌は綺麗だ。いつもは清楚な印象が強いが、今は清楚な中にも、しっとりとした大人の女の色香が滲み出ている。

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