喪失、そして再生~どこか遠くへ~My Godness完結編
第1章 ♣ここではないどこかへ♣
「よし、それじゃあ、話は決まりだな」
老人は顔をほころばせた。笑うと、いかつい印象が随分とやわらぎ、むしろ人懐っこい雰囲気が全面に出てくる。
悠理は気づいてはいないが、この老人の雰囲気は実は、彼自身ととてもよく似通っていた。一見、人を寄せ付けないようでいて、実は見かけほど人嫌いでもなく無愛想でもない。人が嫌いというよりは、自分の感情をどうやって表現したら良いか判らない。
そのせいで、普段から随分と損をしている。
悠理がこの老人に親近感を抱いたのも、二人の共通点ゆえでもあったのである。話すだけ話すと、老人はもう用事は済んだとばかりに背を向け、また黙々と自分の仕事に戻っていく。
悠理は一人、その場に取り残され、途方に暮れたように老人の屈強な後ろ姿を眺めた。よもや、この初めて訪れた港町で偶然出逢ったこの老人が自分の中に何を見たかまでは想像だにつかなかった。
長年、漁ひと筋に生きてきたこの老人は、悠理の中に儚さを見たのだ。彼がかいま見たものは、指でつついただけで一瞬で崩れさってしまいそうな脆さに他ならなかった。
悠理について全く何も知らないこの男が、図らずも悠理のそのときの状態を正確に読み取ったのだ。
夜になった。悠理は与えられた部屋で薄い夜具に寝転がりながら、ぼんやりと天井を見上げていた。
あの後、悠理は仕事を終えた老人に連れられ、彼の住まいだという家に行った。老人の名は坂崎(さかざき)晃三(こうぞう)。この切別町で数代前から続く網元をしている。網元といっても、それほど規模の大きなものではなく、十数人の漁夫を抱えて細々とやっている―と、これは親方自身が語ったものだ。
確かに家もさほど大きくはなく、ごく普通の二階建ての民家だった。最初に網元と聞いたときには、何か大邸宅に暮らしているような想像を勝手にしてしまったのだ。
悠理にあてがわれたのは、二階の奥まった一室だった。いつもは急な客用のために空けてあるのだと言われ恐縮したものの、それも実際に部屋を見るまでのことだった。客用とは名ばかりで、広さは五畳あるかないかの狭さで、余計なものは何一つない。畳も陽に灼けて色褪せているし、客間というよりは、どう見ても納戸か物置代わりに使用した方がふさわしいように思える。
老人は顔をほころばせた。笑うと、いかつい印象が随分とやわらぎ、むしろ人懐っこい雰囲気が全面に出てくる。
悠理は気づいてはいないが、この老人の雰囲気は実は、彼自身ととてもよく似通っていた。一見、人を寄せ付けないようでいて、実は見かけほど人嫌いでもなく無愛想でもない。人が嫌いというよりは、自分の感情をどうやって表現したら良いか判らない。
そのせいで、普段から随分と損をしている。
悠理がこの老人に親近感を抱いたのも、二人の共通点ゆえでもあったのである。話すだけ話すと、老人はもう用事は済んだとばかりに背を向け、また黙々と自分の仕事に戻っていく。
悠理は一人、その場に取り残され、途方に暮れたように老人の屈強な後ろ姿を眺めた。よもや、この初めて訪れた港町で偶然出逢ったこの老人が自分の中に何を見たかまでは想像だにつかなかった。
長年、漁ひと筋に生きてきたこの老人は、悠理の中に儚さを見たのだ。彼がかいま見たものは、指でつついただけで一瞬で崩れさってしまいそうな脆さに他ならなかった。
悠理について全く何も知らないこの男が、図らずも悠理のそのときの状態を正確に読み取ったのだ。
夜になった。悠理は与えられた部屋で薄い夜具に寝転がりながら、ぼんやりと天井を見上げていた。
あの後、悠理は仕事を終えた老人に連れられ、彼の住まいだという家に行った。老人の名は坂崎(さかざき)晃三(こうぞう)。この切別町で数代前から続く網元をしている。網元といっても、それほど規模の大きなものではなく、十数人の漁夫を抱えて細々とやっている―と、これは親方自身が語ったものだ。
確かに家もさほど大きくはなく、ごく普通の二階建ての民家だった。最初に網元と聞いたときには、何か大邸宅に暮らしているような想像を勝手にしてしまったのだ。
悠理にあてがわれたのは、二階の奥まった一室だった。いつもは急な客用のために空けてあるのだと言われ恐縮したものの、それも実際に部屋を見るまでのことだった。客用とは名ばかりで、広さは五畳あるかないかの狭さで、余計なものは何一つない。畳も陽に灼けて色褪せているし、客間というよりは、どう見ても納戸か物置代わりに使用した方がふさわしいように思える。