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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第8章 哀しい別離

「そなたは罪な女だ」
 唐突に引き寄せられ、八重は悲鳴を上げそうなるのを堪(こら)えた。
「お止め下さりませ。若君さまが直にお戻りになられましょう」
 八重は愕き、狼狽えて、身を捩った。
 こんな有り様を清冶郞に見られでもしたら、上手くゆく話も駄目になってしまう。
 それに、これまで二人きりでいても手を握ることさえしなかった嘉亨がいきなり抱き寄せようとしたことにもひどく当惑していた。
「構わぬ」
 嘉亨は短い言葉で八重の抵抗を退ける。
「でも―」
 なおも訴える八重を今度は唇を塞ぐことで封じ込む。
 嘉亨との口づけは、これが二度だ。一度目は去年の夏、江戸の町に飛び出した清冶郞を追って市中に出たときのこと。嘉亨は泣き疲れて寝入ってしまった清冶郞を背中に負うていた。
 しかし、今日の口づけは、あのときとは異なり狂おしい。初めてのときは、八重を気遣う余裕が嘉亨にあったけれど、今日の嘉亨は随分と性急であった。
 嘉亨の舌が口中に侵入してくる。舌を絡め取られ、八重はあまりの衝撃に、眼の前が真っ白になった。逃げようとしても、背中に回された手には怖ろしいほどの力がこもっていて、身じろぎもできない。舌と舌が絡み合う濃厚な接吻は延々と続いた。呼吸さえさせぬほどの荒々しさで唇を塞がれ、八重は苦悶にもがいた。
 嘉亨の逞しい胸を両手で押し返そうとしても、結局は徒労に終わってしまう。かといって、苦悶だけではない何か別の感覚が八重の中を駆けめぐっている。甘美な疼きとでもいえば良いのか。これまで体験したこともないような不思議な感覚だ。

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