天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第10章 第四話〝空華(くうげ)〟・すれ違い
「奥方さま、もしお心にお悩みでもお持ちあそばされであるならば、どうかご遠慮なくこの飛鳥井にお申し付け下さりませ。お方さまはご当家のご世子をお生みあそばす大切な御身にございますゆえ」
その言葉に、八重の身体が強ばった。
それでは、もし、八重が昔のまま、奥向きに仕える腰元の一人にすぎなければ、飛鳥井にとっては、どうでも良いただの使い捨ての奥女中にすぎなかったということか。―当然のことだ。飛鳥井の言っていることは何も無茶でも非道でもない。
大勢いる奥女中はいつでも代わりがいる捨て駒のようなもの、今、八重がかつての朋輩の腰元たちにかしずかれ、奥方さまと崇め奉られているのは、たまたま嘉亨の眼に止まり正室の座に納まったから。でも、たとえ藩主の妻、奥方とはいっても、皆が八重に期待するのは、一日も早い世継の誕生、ただそれだけだ。
腹は借り腹といにしえからいわれるように、藩主の子を生むのは何も正室であろうと側室であろうと構いはしない。たとえ脇腹からの出生であろうと、嘉亨の胤であれば、この木檜家は安泰なのだ。大名の奥方になったからといって、何も自分が偉くなったと思ってはいないけれど、時々、八重は無性に哀しくなる。皆が求めているのは、嘉亨の血を引く男子を生む女であった。
であれば、八重が正室であろうが、側室であろうが、春日井にはどうでも良いことなのだろう。正室ともなれば、側妾よりは扱いは良いのは当然だが、奥女中たちが八重を見る眼は冷たい。依然、八重が清冶郞付きの腰元だった頃は、親しくしていた仲間が態度だけは慇懃でも、〝身体と色香で殿を誑し込み、陥落させた破廉恥な女〟と蔑みをこめた眼で見ているのを知らぬわけではない。
その言葉に、八重の身体が強ばった。
それでは、もし、八重が昔のまま、奥向きに仕える腰元の一人にすぎなければ、飛鳥井にとっては、どうでも良いただの使い捨ての奥女中にすぎなかったということか。―当然のことだ。飛鳥井の言っていることは何も無茶でも非道でもない。
大勢いる奥女中はいつでも代わりがいる捨て駒のようなもの、今、八重がかつての朋輩の腰元たちにかしずかれ、奥方さまと崇め奉られているのは、たまたま嘉亨の眼に止まり正室の座に納まったから。でも、たとえ藩主の妻、奥方とはいっても、皆が八重に期待するのは、一日も早い世継の誕生、ただそれだけだ。
腹は借り腹といにしえからいわれるように、藩主の子を生むのは何も正室であろうと側室であろうと構いはしない。たとえ脇腹からの出生であろうと、嘉亨の胤であれば、この木檜家は安泰なのだ。大名の奥方になったからといって、何も自分が偉くなったと思ってはいないけれど、時々、八重は無性に哀しくなる。皆が求めているのは、嘉亨の血を引く男子を生む女であった。
であれば、八重が正室であろうが、側室であろうが、春日井にはどうでも良いことなのだろう。正室ともなれば、側妾よりは扱いは良いのは当然だが、奥女中たちが八重を見る眼は冷たい。依然、八重が清冶郞付きの腰元だった頃は、親しくしていた仲間が態度だけは慇懃でも、〝身体と色香で殿を誑し込み、陥落させた破廉恥な女〟と蔑みをこめた眼で見ているのを知らぬわけではない。