天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第10章 第四話〝空華(くうげ)〟・すれ違い
昔の友達からはそんな眼で見られ、飛鳥井や家老の酒井主膳からは子を生む道具としてしか見られてはいない。ただ一人の人間として八重を見てくれている人はこの屋敷の中に誰もいないのだ。
養父となった主膳は、いわば、八重の後見役のようなものでもあったが、顔を見れば
―御子さまは、まだにござりますか。
と口にするのが殆ど毎度のようになっていた。
そのひと言がどれだけ八重を追いつめているかを、主膳は知らない。権力欲はそこそこにあっても、何より木檜家大事、殿が大切と忠義一徹な主膳にとって、正室の義父となれたのは幸運な出来事ではあった。しかし、藩主の外戚として己が権力を拡大しようとか、更に嘉亨に取り入ろうとか大それた野望を抱くような輩ではない。
主膳が八重に御子のことを口にするのは、あくまでも人の好さからくる老婆心、或いは純粋に主家のための思う衷心からである。現在、木檜氏には、嫡子がいない状態だ。昨夏に夭折した清冶郞の他に嘉亨には子がいない。
こんな状態で、当主に変事があれば、木檜藩三万石は忽ちにしてお取り潰しになってしまう。末期養子といって、当主の臨終間際に幕府に跡目の届け出をすれば、その者に家督相続が許される場合もあるが、それも必ずとは限らない。となれば、正室となった八重には、一日も早い世子の生誕を期待するのは、何も主膳に限ったことではなく、木檜藩の者ならば誰しもであった。
胸に積もる心細さを訴えられるのは良人の嘉亨だけであったが、日々、政務に多忙な良人にいちいち些細な事で不満を零すわけにはゆかない。嘉亨の妻となったからには、常に嘉亨が安心してお勤めに精を出せるような環境を整えておくのも妻たるものの務めと、八重は一途に思い込んでいる。
養父となった主膳は、いわば、八重の後見役のようなものでもあったが、顔を見れば
―御子さまは、まだにござりますか。
と口にするのが殆ど毎度のようになっていた。
そのひと言がどれだけ八重を追いつめているかを、主膳は知らない。権力欲はそこそこにあっても、何より木檜家大事、殿が大切と忠義一徹な主膳にとって、正室の義父となれたのは幸運な出来事ではあった。しかし、藩主の外戚として己が権力を拡大しようとか、更に嘉亨に取り入ろうとか大それた野望を抱くような輩ではない。
主膳が八重に御子のことを口にするのは、あくまでも人の好さからくる老婆心、或いは純粋に主家のための思う衷心からである。現在、木檜氏には、嫡子がいない状態だ。昨夏に夭折した清冶郞の他に嘉亨には子がいない。
こんな状態で、当主に変事があれば、木檜藩三万石は忽ちにしてお取り潰しになってしまう。末期養子といって、当主の臨終間際に幕府に跡目の届け出をすれば、その者に家督相続が許される場合もあるが、それも必ずとは限らない。となれば、正室となった八重には、一日も早い世子の生誕を期待するのは、何も主膳に限ったことではなく、木檜藩の者ならば誰しもであった。
胸に積もる心細さを訴えられるのは良人の嘉亨だけであったが、日々、政務に多忙な良人にいちいち些細な事で不満を零すわけにはゆかない。嘉亨の妻となったからには、常に嘉亨が安心してお勤めに精を出せるような環境を整えておくのも妻たるものの務めと、八重は一途に思い込んでいる。