天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第2章 蓮華邂逅(れんかかいこう)
母の愛は与えられずとも、清冶郞には愛情深い父親がいる。清冶郞もまた父を心から慕っているようだ。それだけが、八重には救いのようにも思える。
父を大好きだからこそ、その父が息子である自分をどのように思っているのか気になるのだろうし、父の期待にも応えたいと子どもなりに思うのだろう。
「それは良かったな」
嘉亨は清冶郞の頭を撫でると、そっと息子を降ろした。
「そなた、名前は何と申すのだ?」
「八重と申します」
唐突に名を訊ねられ、八重は緊張のあまり、少し上ずった声で応えた。
「新しく清冶郞付きとなった奥女中に、清冶郞がたいそう懐いておるとは聞いていたが、まさか、これほどとは思うてもみなんだ。清治郎の父として、心より礼を言う。これよりも息子のことを頼む」
頭を軽く下げられ、八重は仰天した。
「そのような、私ごときに勿体ないご諚(じよう)にございます」
一国の殿さまが息子のためとはいえ、新参の腰元に頭を下げるなぞと、俄には信じられない。
「何かと面倒をかけようが、よろしうにな」
嘉亨はそう言いおくと、そっと踵を返した。
天空で再び、とんびが啼く。
水面を吹き渡る風が紫陽花の繁みを揺らし、八重はもしや、あの方が再び―と淡い期待を抱いて振り返ったけれど、やはり、嘉亨の姿はどこにも見えなかった。
池の面には涼やかな紅白の蓮が大輪の花を咲かせている。
嘉亨が去った後も、八重と清冶郞はなおしばらく、その場所にいた。
二人共に、何故かその場所から離れがたい想いだったのだ。八重の胸に、その日、ほのかな想いが点った。
父を大好きだからこそ、その父が息子である自分をどのように思っているのか気になるのだろうし、父の期待にも応えたいと子どもなりに思うのだろう。
「それは良かったな」
嘉亨は清冶郞の頭を撫でると、そっと息子を降ろした。
「そなた、名前は何と申すのだ?」
「八重と申します」
唐突に名を訊ねられ、八重は緊張のあまり、少し上ずった声で応えた。
「新しく清冶郞付きとなった奥女中に、清冶郞がたいそう懐いておるとは聞いていたが、まさか、これほどとは思うてもみなんだ。清治郎の父として、心より礼を言う。これよりも息子のことを頼む」
頭を軽く下げられ、八重は仰天した。
「そのような、私ごときに勿体ないご諚(じよう)にございます」
一国の殿さまが息子のためとはいえ、新参の腰元に頭を下げるなぞと、俄には信じられない。
「何かと面倒をかけようが、よろしうにな」
嘉亨はそう言いおくと、そっと踵を返した。
天空で再び、とんびが啼く。
水面を吹き渡る風が紫陽花の繁みを揺らし、八重はもしや、あの方が再び―と淡い期待を抱いて振り返ったけれど、やはり、嘉亨の姿はどこにも見えなかった。
池の面には涼やかな紅白の蓮が大輪の花を咲かせている。
嘉亨が去った後も、八重と清冶郞はなおしばらく、その場所にいた。
二人共に、何故かその場所から離れがたい想いだったのだ。八重の胸に、その日、ほのかな想いが点った。