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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第3章 雨の日の出来事

  《雨の日の出来事》

 清冶郞の父―木檜藩主木檜嘉亨との予期せぬ出逢いの日、部屋に戻った八重が春日井からさんざん叱られたことは言うまでもない。
 別室に呼ばれ、たっぷり一刻以上は油を絞られた後、漸く解放されて戻ってみると、清冶郞が不安げな顔で待っていた。
「八重、済まぬ。私が庭に出たいと無理を言ったばかりに、そなたが春日井に叱られてしまった」
 正直、春日井の居室から出てきた時、八重は疲れ切っていた。一刻に渡って延々とお小言を聞かされて、げんなりとしていたのだけれど、清冶郞が心配そうな顔をしているため、疲れを表には出せない。
「そのようなこと、よろしいのですよ。若君さまのお気がいささかなりとも晴れれば、八重も嬉しうございます。春日井さまのお小言など、あちらからこちらへ聞き流してしまえば、それでおしまいです」
 なぞと、右耳と左耳を交互に押さえて見せ、恐れを知らぬことを大胆に言い放った。
 そんな八重を清冶郞が眼を瞠って見つめている。
「八重は凄いなぁ。あの春日井を相手にそこまで思い切ったことを申す腰元は今までいなかっただろうに」
 八重は、清冶郞の大仰な物言いに笑った。
「清冶郞さま、春日井さまは本当はお心のお優しい方にございますよ。物のおっしゃり様がきついゆえ、厳しいお方と思われがちにございますが、私には判ります。春日井さまが若君さまに口煩く仰せになられるのも、清冶郞さまの御事をお心からご案じ申し上げているからでございましょう」
 思案しているような眼で、清冶郞が言った。
「―そうだな。春日井が私の身を思うてくれているのは、私にも判る。春日井は、私にとっては、お祖母(ばば)さまのようなものじゃ」

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