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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第1章 闇

 名前さえ訊ねるのを忘れていた。それほどに若い内官の印象は鮮烈だった。
 これまで宦官といえば、女性的もしくは中性的な風貌が当たり前のように考えていた清花だったが、彼は全くそれを根底から覆した。長身で筋肉もほどよくつき、端整な面立ちには精悍ささえ漂っている。それは、到底去勢した男だとは思えない。
 この若い内官の名は直に知れた。朴荘烈(パクチヤンリヨル)、清々しい風貌のいかにも健康そうな青年だった。親友の春枝は後宮きっての情報通でもある。清花自身は引っ込み思案で春枝の他に親しくしている女官はさほど多くはないが、春枝は誰とでも気軽に話すから、後宮中で起こったことは何でも知っている。
 勇気を出してその若い内官のことを訊ねると、春枝は眼を見開いた。
「呆れた、清花ったら、あの朴内官のことを知らないの?」
 春枝の話によると、朴内官は若い内官の中でも将来は内侍(パンネ)府(シ)長(プサ)にまで昇ろうとかいうほどの有望株なのだという。ちなみに内侍府長というのは、その名のとおり内侍府の総責任者であり、重職である。内侍府長の権勢、お呼び発言力は朝廷の大臣にも勝るともいわれていた。
 朴荘烈は二十三歳、現在は監察部(カムチヤルブ)に籍を置き、活躍している。現国王陽徳山君も朴内官には一目置いているというほどの切れ者であり、剣の腕も相当に立つという内侍府のエリートであった。
 これに反して、現在の国王陽徳(ヤンドク)山(サン)君(グン)については、あまり芳しい噂はない。
 厭がって逃げ回る女官の尻を追いかけ回すは、衷心から諫言を試みる廷臣を無礼打ちにするはで、およそ聖(ソン)君(グン)どころか暗君、暴君と陰で囁かれている。中でもこの若い王の悪名を轟かせ決定的にしたのは、一年前の領(ヨン)議(イ)政(ジヨン)孫(ソン)英善(ヨンソン)の失脚であった。孫氏は遡れば十数代前から大臣や歴代の王妃を輩出してきた名門であり、英善もまた先々代の王から三代の王に渡って仕えてきた功臣であった。

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