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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第3章 忍

 意識を失ったままの清花が門の外に運び出された丁度その頃、大殿の一室では、陽徳山君が一人、壁に映る燭台の焔を見つめていた。蝶を象った燭台の蝋燭は龍が浮き彫りにされており、国王しか使うことのできないものだ。国王が龍の化身といわれる所以である。
 どこからか隙間風が吹き込んでくるものか、時折、燭台の焔は大きく揺れ、壁に映る彼自身の影もまた、ゆらゆらと揺れる。
 茫然とその影法師を眺めていた王がふいに笑い出した。クックッと何がおかしいのか、最初は低かった嗤い声は徐々に高くなってゆく。その声が部屋の外まで響き、廊下に控えていた大殿内官と大殿付きの尚宮はそっと貌を見合わせる。
 できるならば、このような状態の時、王の傍にはいたくないというのが本音である。どのような些細なことで逆鱗に触れ、手討ちにされるか知れたものではない。
 嗤い声はなおしばらく続き、あまり感情を表にすることのない初老の内官も流石に眉を顰めている。
 王の前には酒肴の用意された小卓があるが、器に盛られた惣菜には全く手が付けられていないにも拘わらず、既に空の銚子は数本転がっている。
 おかしなもので、酔おうとして盃を重ねれば重ねるほど、心はしんと醒めてくる。
 普段なら、銚子の一、二本も空ければ、ほろ酔い機嫌になれるのに、今夜は思いどおりにはゆかない。それが、王を余計に苛だたせていた。
 壁で揺れていた影法師がふいに二つに増え、王は眼をこすった。やはり、酒量が過ぎたのであろうか。
 果てしない虚無を宿した双眸に、揺らめく二つの影法師が映る。
 と、彼の耳奥で無邪気な声が響いた。
―殿下、畏れながら、次は殿下が追いかける番にございます。

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