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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第4章 第二部・生

「何だ? ああ、あのことか」
 と、彼自身は憶えてさえいないようで。
 いささか清花は落胆したのを憶えている。
 もっとも、あの時、自分が何故、落胆したのかは自分でも判らないのだけれど。
 特に光王に許しを得たわけではないが、清花はそのまま〝光の王〟に居続けることになった。他に行く当てもなかったし、今更、母の許へ帰ることもできなかったからだ。
 王が何故、自分を殺さなかったのかは判らない。しかし、寝所に侍る夜、逃げ出した清花は、いわば大逆罪を犯したも同然の科人だ。
 威承や守尹はしょっ中、町中に出てゆくから、その手の情報には詳しい。
 彼等の持ち帰った情報の中には、少なくとも、清花が科人として指名手配されているというものはなかった。
 だからといって、町中をのこのこと顔を晒して歩ける立場でもない。
 塒には、常時、何人かの人間が暮らしている。いつもいるのは光王と守尹、威承だけで、後のメンバーは入れ替わり立ち替わりで、目まぐるしく変わった。
 光王の表の顔は小間物売りだ。彼の男ぶりと愛想の良さをもってすれば、若い娘―もとい、老若に拘わらずご婦人方相手の商売は向いているだろうと、清花は妙なところで納得した。光王が微笑みかければ、買おうかどうしようかと財布の中身を数えている女でも、思わず頬を赤らめて〝買うわ〟と言ってしまうからだ。
 小間物売りといっても、店舗を持っているわけではなく、いわゆる行商人である。市の立つ日には、大通りに小さな露店を出すこともあるが、基本的には簪や櫛、或いは腕輪、指輪、首飾りなどの装飾品の詰まった箱を背負い、町中を売り歩くのだ。
 むろん、光王の商うのは両班の奥方が使うような高価なものではなく、あくまでも安価な庶民向けのものばかりである。

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