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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第4章 第二部・生

 左手に数珠を掛け、端座して両手の平を上向きにし、頭を床にこすりつける。そういった動作を何度も繰り返し、拝礼を行う。
 御堂は埃だらけで蜘蛛の巣さえ張っていたが、清花は頓着せずに拝礼を続けた。
 薄く埃を被った仏像が三体、じいっと清花を見つめている。
―御仏よ、どうか、我が願いを聞き届け給え。
 金色(こんじき)の仏像は静かな瞳で真っすぐ清花を見下ろしている。
 そのまなざしがどこかしら光王に似ていることに気付いたのは、いつのことだったろう。
 そこはかとなき微笑を湛えた仏の表情は哀しみと慈しみの両方を宿しているように見えた。
 この世のすべての清濁を併せ呑み込み、なお超然としたその佇まいは、まさに民衆から〝光の王〟、〝真の王〟と讃えられる光王にふさわしい。
 清花が暗殺者集団〝光の王〟に身を投じて以来、都にはしばしば〝盗賊光王〟が現れた。
 〝盗賊光王〟はここ数年来、都を騒がせてきた義賊である。盗みに入るのは金持ち、しかも貧乏人を泣かせてひと儲けしたような類の悪の屋敷ばかりで、かすめ取った金は殆ど貧しい民たちに分け与えてしまうことから、民衆からは英雄扱いされていた。
 お上は〝盗賊光王〟の捕縛に意欲的で、血眼になって探し回っているが、何しろ誰一人として〝光王〟の姿を見た者はいない。盗みに入る時、〝光王〟を中心とする〝光の王〟の手下たちは全員、黒装束にすっぽりと身を包んでおり、むろんのこと、顔も黒頭巾に隠されている。
 盗みに入った〝光王〟の顔を見た者が全くいないわけではないが、或る者は〝光王は妙齢の色香溢れる美女だった〟と言い、また或る者は〝今にも息絶えそうな老翁だった〟と語る。要するに、誰もが彼(か)の有名な義賊の素顔を知らないのだ。

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