妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】
第4章 第二部・生
清花は弓をつがえ、前方の猪に的を絞る。
そのときだった。
猪が猛然と清花に向かって疾駆してきた。ふいのこととて、清花は息を呑む。
「いかん、清花。交わせ。そいつはえらく気が立っている」
珍しく動揺を孕んだ光王の声が背後で聞こえたかと思ったときには、彼女の小柄な身体は馬から投げ出されていた。猛スピードで駆けてきた猪が彼女の馬に体当たりしたのである。
落馬した清花めがけて猛り狂う猪が駆けてくる。
ああ、もう駄目だ。
鋭い牙で喉笛をかき斬られるのを覚悟して眼を閉じたまさにその時、ヒュッと風の唸る音を耳の側で聞いたような気がした。
「もう良いぞ」
どれほど経ったのか。多分、時間にしてはたいしたものではなかったのだろうが、清花には永遠にも続くように思われた。
光王の言葉で、止まっていた時間が再び動き出す。恐る恐る眼を開くと、少し離れた場所で先刻の猪が倒れていた。横腹に矢が深々と刺さり、血が流れている。
「狙う前に、獲物をよく見ろ。あれは雌を求めて気を高ぶらせている雄だ。矢を射掛けて成功すれば良いが、息の根を止め損ねたら、かえって興奮して暴れて手が付けられなくなるぞ?」
「―ごめん」
清花は消え入るような声で詫びた。光王があまりに次々と鮮やかに獲物を仕留めてゆくので、焦りが生まれていたのは否めない。
光王はしばらく肩を落とす清花を見つめていたかと思うと、淡々と言った。
「それよりも、脚を見せてみろ」
「え?」
問い返す暇もなく、光王が清花の袴の裾を捲った。
そのときだった。
猪が猛然と清花に向かって疾駆してきた。ふいのこととて、清花は息を呑む。
「いかん、清花。交わせ。そいつはえらく気が立っている」
珍しく動揺を孕んだ光王の声が背後で聞こえたかと思ったときには、彼女の小柄な身体は馬から投げ出されていた。猛スピードで駆けてきた猪が彼女の馬に体当たりしたのである。
落馬した清花めがけて猛り狂う猪が駆けてくる。
ああ、もう駄目だ。
鋭い牙で喉笛をかき斬られるのを覚悟して眼を閉じたまさにその時、ヒュッと風の唸る音を耳の側で聞いたような気がした。
「もう良いぞ」
どれほど経ったのか。多分、時間にしてはたいしたものではなかったのだろうが、清花には永遠にも続くように思われた。
光王の言葉で、止まっていた時間が再び動き出す。恐る恐る眼を開くと、少し離れた場所で先刻の猪が倒れていた。横腹に矢が深々と刺さり、血が流れている。
「狙う前に、獲物をよく見ろ。あれは雌を求めて気を高ぶらせている雄だ。矢を射掛けて成功すれば良いが、息の根を止め損ねたら、かえって興奮して暴れて手が付けられなくなるぞ?」
「―ごめん」
清花は消え入るような声で詫びた。光王があまりに次々と鮮やかに獲物を仕留めてゆくので、焦りが生まれていたのは否めない。
光王はしばらく肩を落とす清花を見つめていたかと思うと、淡々と言った。
「それよりも、脚を見せてみろ」
「え?」
問い返す暇もなく、光王が清花の袴の裾を捲った。