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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第4章 第二部・生

 その夜、初めて光王に抱かれた後、清花は小屋の両開きの戸を開け、ぼんやりと外を眺めていた。
 桔梗色の宵の空を無数の薄羽蜻蛉が舞う。
「どうした?」
 問いかけてきた光王に、清花は微笑みだけで応えた。
 清花のまなざしに何か感じるものがあったのだろう。光王は彼女の背後に立ち、呟いた。
「まるで恋人を見つめるような眼で蜻蛉を見ているぞ?」
 からかうような口調だったが、瞳には気遣いの色があった。
―昔、大好きな男とこんな風にして蜻蛉を眺めたことがあったの。
 喉許まで出かかった言葉は、結局、言葉になることはなかった。初めて褥を共にした男に言うべき科白ではないように思えたからだ。
 きれいねと言えば、男もまた、きれいだなと応じる。
 山の夜は静かに更けてゆく。六月の山は緑濃い樹木の香りが立ちこめていた。この穏やかな時間が永遠に続いて欲しいと思い、憎しみをこの山に捨て去ってしまいそうな自分が怖かった。 

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