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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第5章 讐

      讐
 
 二年後、清花は宮殿の中でも国王の住まう大殿(テージヨン)と呼ばれる場所に、しかも王の執務室にいた。
 時は折しも五月初旬、宮殿の北園の池の畔には、様々な色の牡丹が咲き揃っている。
 昨日は一人、こっそりと北園まで牡丹を見にいった。あの男(ひと)と共に艶やかに咲く牡丹を眺めたのがもう遠い昔のように思えた。
「趙内官(チヨンネーガン)」
 ふいに名を呼ばれ、清花は我に返る。
「はい(イエー)」
 どうにも馴染めない名前だ。判っている。ここに来たそのときから、自分は〝具清花〟ではなく〝趙尚真(チヨンサンジ)〟として生まれ変わったのだ。具清花という少女は、もうこの世にはいない。趙尚真として生きる覚悟を決めた瞬間、具清花は死んだのだ。
 流石は〝光の王〟の頭目、光王のすることに抜かりはなかった。光王は、闇の世界にあらゆるツテを持っている。彼の力をもってすれば、叩けば埃の出る両班を脅して架空の人間をでっち上げることなど、造作もないことだ。
 光王は、出てゆこうとする清花を引き止めながらも、その後も協力を惜しまなかった。
 商人からひそかに賄賂を受け取っている義禁府の役人を脅し、彼の息子という名目で清花を宮殿―内侍府に入れることに成功した。
 その役人には、趙尚真という息子など、いはしない。格上の家門から迎えた妻に頭の上がらぬ恐妻家として知られ、夫人との間に二人の息子がいるだけだ。
 趙尚真は、この男の庶子という建て前で入宮した。二十歳を過ぎて内官というのは多少無理があったため、尚真は生まれつき男としての機能が使えない不能ということにした。

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