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妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】

第5章 讐

「趙内官、趙内官」
 四ツ辻で大道芸人が口から焔を吐いている。真っ赤な火をを吹くのは入道頭の大男だ。縦も横も半端でなくでかく、赤黒く陽灼けしている。その坊主頭が火を噴く度に、周囲を取り巻いている見物人たちから、やんややんやの歓声が上がった。
「ほら、見てみよ」
 王は無邪気ともいえる表情で振り返り、火を噴く大男を指す。
 全く、この方は全くお変わりになられていない。いや、むしろ、この四年で更に子どもに帰られてしまったかのようだ。
 最早、この王が正気だと思う者は宮殿には一人もいない。実際、清花が見ても、眼前で童のように叫び声を上げる男が良識ある大人には見えなかった。
 頭のネジが一本どころか、全部緩んでいるのではないかと思ってしまう。
 しばらく眼を輝かせて見物人に混じっていた王が歩き出す。清花は慌ててその後を追った。この気紛れに付き合うのもなかなか骨が折れる。
 ふと、王が立ち止まった。
 その視線の先を辿ると、露店が建ち並んでいる一角、小間物屋であった。
「春月に贈り物でございますか?」
 このときも気をきかして訊ねた。
 王の面に悪戯っぽい笑みが浮かぶ。まるで子どものような邪気のない笑顔に、清花は暗澹とした想いになる。
 この方は本当にもう正気に返られることはないのだろうか。それは暗殺者としてよりは、朝鮮という国を憂える民としての気持ちだ。
 酒と女に溺れるだけの生活は、まだ二十五歳の若い王の肉体を深く蝕んでいる。あの頃はまだ辛うじて血の気のあった顔は既に真っ白で、ふやけた餅のようだ。色白というのではなく、不健康な禍々しいほどの白さだった。

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