妖(あや)しの月に~光と闇の王~【第二部 光の王】
第5章 讐
王は清花の問いには応えず、愉しげに露店の店先を眺めている。もとよりお忍びの際は王衣など着てはいないから、二人の格好は両班の若さまとその従者に見えるに違いない。
王がおもむろにノリゲを手に取る。
ノリゲというのは、女性がチマに結びつける飾りのことである。王が選んだのは、小さな瓢箪が二つついたノリゲであった。瓢箪は桜を思わせるピンク色の玉(ぎよく)で拵えており、その先に同色の飾り紐がついている。
「淡い上品な色合いにございますね。これなら、春月も歓びましょう」
実際、春を告げる桜花の淡い薄紅色は清花の好きな色でもあった。しかし、仮に王が自分の嫌いな色を選んでいたとしても、清花は何の躊躇いもなく手放しで賞めただろう。
口先だけの言葉に何の意味や価値があるというのだ、そんなものは幾らだって言える。この胸に抱き続けてきた恨みを晴らすそのときまでは。
が、王は思いも掛かけぬことを言った。
「いや、これは春月にやるために求めたのではない。そなたにやろうと思ったのだ」
ヒヤリと冷たいものが背中を走った。
よもや、王は自分の正体を気付いているのではという疑念がちらりと頭を掠めた。
しかし、今の〝趙内官〟は誰が見ても〝具清花〟には見えないはずだ。光王の下で、清花は化粧で自在に顔を変えるすべも学んだ。
これは威承が教えてくれたのだが、怖ろしいことに、化粧を多少工夫しただけで、忽ち別の自分ではない人間に変身できる。この技を駆使して作り上げた顔は、誰がどう見ても〝別人〟に相違ない。
王がおもむろにノリゲを手に取る。
ノリゲというのは、女性がチマに結びつける飾りのことである。王が選んだのは、小さな瓢箪が二つついたノリゲであった。瓢箪は桜を思わせるピンク色の玉(ぎよく)で拵えており、その先に同色の飾り紐がついている。
「淡い上品な色合いにございますね。これなら、春月も歓びましょう」
実際、春を告げる桜花の淡い薄紅色は清花の好きな色でもあった。しかし、仮に王が自分の嫌いな色を選んでいたとしても、清花は何の躊躇いもなく手放しで賞めただろう。
口先だけの言葉に何の意味や価値があるというのだ、そんなものは幾らだって言える。この胸に抱き続けてきた恨みを晴らすそのときまでは。
が、王は思いも掛かけぬことを言った。
「いや、これは春月にやるために求めたのではない。そなたにやろうと思ったのだ」
ヒヤリと冷たいものが背中を走った。
よもや、王は自分の正体を気付いているのではという疑念がちらりと頭を掠めた。
しかし、今の〝趙内官〟は誰が見ても〝具清花〟には見えないはずだ。光王の下で、清花は化粧で自在に顔を変えるすべも学んだ。
これは威承が教えてくれたのだが、怖ろしいことに、化粧を多少工夫しただけで、忽ち別の自分ではない人間に変身できる。この技を駆使して作り上げた顔は、誰がどう見ても〝別人〟に相違ない。